翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった(金原瑞人/牧野出版)

翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった
金原ひとみの父親としても有名になった翻訳者である金原瑞人氏初のエッセイ集。タイトルが気に入ったので購入。
翻訳者ってなんか職人っぽくて格好いいなぁと思ってたので、その内幕が見えて楽しい。とりあえず小説の翻訳だけで生計を立てるのは難しいことはわかった。時給に換算すればマックでバイトした方がいいらしいよ。でも金原氏が翻訳家という仕事をとても愛しているのがエッセイからにじみ出ている。楽しいんだろうな、やっぱ。
それにしても翻訳って難しいもんだなぁとあらためて感服。たとえば「I」。英語では老若男女みんな「I」だが、日本語では「わたし」「僕」「俺」「あたし」…きりがないほど使い分けなければならない。でも「I」が男であるか女であるかということ自体をオチに持ってきている小説なんかもあったりして、翻訳者の頭は痛い。「black hair」はそれが男性なら「黒い髪」で女性なら「黒髪」、「long hair」は男性なら「長髪」で女性なら「長い髪」なんて分け方も、改めて考えるとなるほどなぁと思う。日本語は深い。著者の師匠的存在である犬飼先生が"There is no choice"を「ぜいたくはいってられない」とさらりと訳す、というエピソードを読んだときはホント凄いなぁと感心するしかなかった。だって直訳すれば「選択肢は他にない」でしょ。熟考すれば「ぜいたくはいってられない」にたどり着くかもしれないけど、さらりとは出てこないよね。しかも一文一文、熟考してる時間なんてないだろうし。日本語のセンスなんだろうなぁ。
翻訳小説を読む身としては目から鱗なエピソードたっぷりのエッセイのほか、江國香織古橋秀之秋山瑞人との対談なんかもあって、予想以上に読み応えありました。それどころか、エッセイに登場する小説にも興味がわいて、三冊もアマゾンで注文してしちゃったし。