Story Seller (ストーリーセラー) 2008年 05月号 [雑誌]

Story Seller (ストーリーセラー) 2008年 05月号 [雑誌]

Story Seller (ストーリーセラー) 2008年 05月号 [雑誌]

人気作家書き下ろしの中編のみが掲載されたこの雑誌、キャッチコピーは「面白いお話、売ります」。執筆陣は伊坂幸太郎近藤史恵有川浩佐藤友哉本多孝好道尾秀介米澤穂信の7人とくれば、これは買うでしょ読むでしょ。全部読んじゃいましたよ買ったその日に。ちなみに価格は780円。ページ数はまちまちなので単純に作品数で割れば、一作あたり約111円! 安い!と感じました読み終わってさらに。だってハードカバーのアンソロジーとか多いけど価格はおよそ倍だし、。今さらわたしが念押しするまでもないほどに間違いのない魅力的なラインナップ。買って損なし、満足度の高い一冊です。

以下はそれぞれの感想。
伊坂幸太郎『首折り男の周辺』
良く似た容姿、しかし性格は真逆な二人の大男が交錯するファンタジックな物語。現代的なおとぎ話はこの人の十八番ですよね。細かい設定はぼかしてなんとなく微妙な素敵エピソードを織り込む伊坂節。狭い世界のなかで縦横無尽に物語を進めていくあたりはやっぱ上手いなと。ま、それ以上の感想が出てこないというのもありますが。

近藤史恵プロトンの中の孤独』
サクリファイス』の外伝です。本編と同じく、レースのスリリングさやチーム内のドロドロな感じが上手く描かれていて物語に迫力を持たせる。ただせっかくならもうちょっとエンタメ性出してキャラクターに魅力を感じさせるような部分があってもいいんじゃないかなという個人的な感想も、本編と同じ。ま、わたしが軟派な読者なんでしょう。

有川浩『ストーリー・セラー』
治療法のないなぞの病気に冒された妻とその夫、二人の出会いから別れまでを描いた、有川浩らしからぬダークさで有川浩らしいラブストーリー。やっぱストーリー運びに勢いある人だから、グイグイ読めますよ。でもねー、雑、なんだよね。例のシリーズもの的なSFアクション系ならなんとなく許されるキャラクター設定の雑さをそのまんま、いわゆる普通の設定の小説に、しかもこういう題材に持ってくると厳しいなと思いました。

米澤穂信『玉野五十鈴の誉れ』
あれ赤朽葉……と一瞬思ってしまいそうな、女によって仕切られた旧家を舞台にした物語。上手いねーやっぱこの人! ゾゾゾとしたまま読み終わってしまいました。恐怖によって歪んだ良識やら愛情やらで構築された、まるで異世界ホラーの世界は隣の家で起きていてもおかしくない? 恐いもの見たさで、その後の成り行きを知りたいような知りたくないような。

佐藤友哉『333のテッペン』
東京タワーを舞台にした、ちょっとというかかなりへんてこなミステリ。なんと言っても読んでいて楽しいのは、あの東京タワーの物悲しさがコミカルに描いてあるあたりだろう。ヒルズだミッドタウンだと洒落こけた観光地がポンポン出来る東京において、今だシンボルマークとしてのパワーは衰えていない(だろう)あの場所の、ことごとくツボを外したセンスはツッコミどころ満載。事件のほうもまた東京タワーという地の利(?)を生かしたおかしな事件で。新たな<東京タワー小説>として万人に愛されてほしい一作です。

道尾秀介『光の箱』
クリスマスソングをバックに交錯する、おぞましい過去と幸か不幸かの未来。やっぱ上手いこの人も。この人の作品は長編ももちろん好きなんだけど、短編(これは中編?)の完成度の高さはそれ以上だと、そう思うのは単に好みの問題なんでしょうか。しかしあの歌で男が真相に気付くのは、英語であるもとの詩より聞き慣れた訳詩のほうがわかりやすいような……わたしが思っている以上に何か意味があるんでしょうか。

本多孝好『ここじゃない場所』
実はこの7人の中でこの人だけが未読。春樹チルドレンというイメージが強くて(それいうなら伊坂幸太郎もだ)なかなか手にとるきっかけがなかったんだけど、面白かったです。収穫。プライド踏みにじられてもひるむことのない主人公である女子高生の、無駄な勇気とポジティブさにただ笑って楽しませてもらいました。こういうヒロインって、小説の世界ではちょっとめずらしいかも。この話ではシリーズ化はないとわかってるけど、この主人公の話をまた読みたいと思ってしまいました。


さんざん最初に褒めておいて個々の感想を書けば微妙じゃん!……て気もしますが、それは全体のクオリティーの高さ故、つまり贅沢な話です。たとえば単行本のアンソロジーを買って(1500円くらいする奴な!)、この雑誌に収められた作品の3作、4作でも入ってればまあそんなものかなと満足できると思うんですよ。だけどこの7作は7作ともそれぞれに読み応えがあって、文句言ったやつもあるけど、詰まらない作品はひとつもない。これで780円は本当に安い。面白かったからこそ一日で読み終わっちゃったけど、一日で読み終えるのがもったいなかった。欲を出しすぎて週一、妥協して月一、現実的に季刊、泣く泣く年に一度でいいので、こういうレベルの高い中編や短編の書き下ろしだけの雑誌が出てくれれば、それだけで幸せ。
というわけでエンタメ系の面白いの読みたいなって人は、迷うことなくこの雑誌を持ってレジへ行っちゃってください。満足感とお得感のダブルパンチですよ。