ジーン・ワルツ(海堂尊)

ジーン・ワルツ

ジーン・ワルツ

崩壊する地域医療、歪みを増幅させる産婦人科医療とそれを取り巻く社会システムに深く切り込んだ一作。と説明しちゃったらなんかノンフィクションみたいだけど、れっきとしたフィクションです。しかしこの人の作品は相変わらず揺れがあって面白い。いや結論から言えば、面白かったんですよ? 現場の医療システムに風穴を空けようと策を弄する海堂節はそのままに、妙なオカルトやわかりやすく派手な展開に頼らずともここまで上手くまとめて来たのは素晴らしい。けどね、小説としてどうこう以上に、ディテールたっぷりに描かれる社会と医療の問題点のほうが正直、インパクトが強かった。まあそれも含めて、現役医師である著者ならではの魅力だと思う。

美貌の産婦人科医・曾根崎理恵ーー人呼んで<クール・ウィッチ>冷徹な魔女。人工授精のエキスパートである彼女のもとにそれぞれの事情を抱える五人の女が集まった。神の領域を脅かす生殖医療と、人の手が及ばぬ遺伝子の悪戯がせめぎあう。
どこまでが医療で、どこまでが人間に許される行為なのか。強烈なキャラクターが魅せる最先端医療ミステリー!

ラストで明かされる真相、主人公が隠し続けた真の目的とその手法については、正直その手法だけはダメだろうとわたしは思った。自分の体ならまだしも他人の体を、自分の目的のために医師が利用するのは絶対に問題があるし、その目的の大きさ云々は関係ない話だからだ。
まあそれはさておき、主人公の孤独な闘いを通して、この小説は行政と本来の医療との半端ないズレを訴えかけてくる。医者不足、少子高齢化といったニュースはセンセーショナルさがないゆえか慣れたノイズのように聞き流す国民、思い切ったてこ入れが出来ないのかする気もないのかの行政。もうこの国の行政には何か期待するほうが間違ってるのではないかという厭世感は悪循環しか産まないと知ってはいても、ただ受け取る側の脱力しか産まないニュース。
30年近く付き合ってるわけだからそういう国だと知ってはいても、あまりに社会システムが現実に追いつくタイムラグがありすぎる。子供を産みたい女性を一人でも多く子供を産んでほしい国がバックアップできないのが、昔はそうじゃなかったからという意味不明の根拠に基づいているのなら笑うしかない。出産率も自給率も向上させることに成功したフランスのようなモデルケースが現実にあるのに、この国がそれに追いつくの未来を思えば気が遠くなる。だけど気が遠くなってそのままでいいのか、あまりに硬直化した行政が人間の命を奪うこともあるのだと、改めて思った。
なんか話はどんどんずれてますが、いろいろ考えさせられたことも含めて、面白かったですよ。正論とトラップの応酬な会話の真剣勝負も、無意識に信用している医療の現場の切迫感も、手術というか連続出産シーン、そして誰にも説明のつかない母親の強い決断。改めて思い返せば見所の多い小説だった気がします。