田村はまだか(朝倉かすみ)

田村はまだか

田村はまだか

変なタイトルだ。だけど読み進めるにしたがって言いたくなるんだよね、田村はまだか。遅いよ早く現れろと。田村はまだか。そのスナック「チャオ」で席を並べて待っているとしたら、ただ一人たぶん赤ワインでも飲んでいいかんじに酔っぱらって。

深夜のバー。小学校クラス会の三次会。四十歳になる男女五人が友を待つ。大雪で列車が遅れ、クラス会に間に合わなかった「田村」を待つ。待ちながら各人の脳裏に浮かぶのは、過去に触れ合った印象深き人物たち。今の自分がこうなったのは、誰の影響なのだろう―。

驚くほどに久しぶりであってもなぜかその気安さに安堵する場で、少ない共通の思い出とそれぞれの秘めた過去がひっそりと交錯する連作短編集。
同窓会というちょっと不思議な空気。よくわかる。当時ならたいして口もきけない、もしくはききたくない人とでも、普通に笑って親しげにしゃべったりできるんだよね。気まずさやいたたまれなさを相手も同じように心のはしっこに引っ掛けているのはわかっているからゆえの、奇妙な親しさ。下手すれば現在の仕事上の付き合いの人より、その人そのものをを知らないというのに。戦友、というものに近い感情。そしてその言葉は間違ってないとも思う。小中学校くらいのころって、学校はときに勝手に戦場になったりしてたし。
登場人物の一人が、「やっと現実に追いついてきた気がする」みたいなことを言う。そうか40歳くらいになれば錯覚でもそういう気になったりするのかと、現実はまだ遠い今年30の自分が思う。しがらみに足をとられるのが現実なのか、まだ良くわからない。だけど意図的かなし崩しかどうしようもなくか、選びとってきたものがあって選びとらなかったものがあって、それに思いを馳せるならそう今と変わらない気もして。だからこの酒場にもあっさりと馴染めそうで、同じような気安さでこの小説を心地よく読む。
何を言ってるんだろう。相変わらずこの人の作品の感想を書こうとすれば、迂回迂回してよくわからないことになる。ただ彼女のこれまでの作品の中で一番心地よかった小説だった。ラストの大きな起伏も、その大きさに対してあまり印象は残さないくらい。何だったら「田村はまだか」と言い続けて永遠に酔っぱらってくれてても良かった。そのくらいの、心地よさ。
そしてその心地よさをつくったのは冒頭第一話の田村のエピソードなんだろう。田村の言葉やら行動やらはまるで豊潤な土壌のように物語全体を、その後の彼らの人生までも柔らかく包む。田村いいなぁと、素直に田村の同級生が羨ましい。だけど実際のところほとんど登場しなかった田村は、すごくありきたりな小さな悩みをたくさん抱えている普通の40歳のオッサンだろうし、ぜひそうであってほしいとよくわからないけどそう思う。
ハイもうわけがわからないのでここらへんで止めておくとして。身もふたもない言葉をただ。面白いです。素敵な小説です。変なタイトルと素敵なカバー絵にちょっとでも引っかかった人は、とりあえず買っておけ。ついでに読んでおいて。それだけです。
帯表には「朝倉かすみ。2008年は彼女の年だ。」とちょっと大仰な言葉。ニヤリと笑ったのは馬鹿にするそれではなく、少しの優越感。わたしのなかではとっくに来てるよ、朝倉かすみ。そしてそう思ってる人はたぶんたくさんいる。「彼女の年」だなんていうほどブレイクするタイプではない気がするけど、小説好きの人たちのなかではもうちゃんとポジションを得ていると思う。そしてファンも十二分に満足するこの最新刊は、初めて朝倉作品を読む人にとっても良い印象を与える好感度の高い作品。一見クセがなさそうに見えてクセのある、この作家にハマる人がもっと増えることを著者と編集者のその次くらいの場所で願っております。