裏ヴァージョン (文春文庫)(松浦理英子)

裏ヴァージョン (文春文庫)

裏ヴァージョン (文春文庫)

この人の作品を読むのは初めてだったのだけど、まーびっくりしました。面白い! そんな一言で済ますのは作品に失礼だと思うくらい面白い。あらすじさえ上手く説明できる気がしないので、とりあえず文庫裏から引っ張っておきましょう。

次々に書かれる短編小説と、それに対する歯に衣着せぬ感想コメント。やがて感想は厳しい質問状となり、しだいに青春をともにした二人の中年女性の愛執交錯する苛烈な闘いが見えてくる―。家族でも恋人でもなく、友達に寄せる濃密な気持ちの切なさ、そしておかしさを、奇抜な手法で描いた現代文学の傑作。

それぞれの短編小説がこれまた簡単には説明できないような代物で、例えば女に去られたばかりの作家と獰猛すぎる猫との闘いを迫力たっぷりに描いたホラーじみたものだったり、SMを絡めたレズビアンの奇妙な三角関係であったり、別れた夫の錯乱気味の行動あれこれを昔の男と語り合う話であったり、でちょっと短くて物足りないなと思うくらいにそれぞれに引き込まれる。そしてその短編小説の前後に交わされる短いコメントが気になる。読み手の辛辣な感想とそれをからかうような作者の言葉。さらにけんか腰の焚き付けるような質問状とその答え、そして小説は徐々に私小説じみてきて、二人の関係が徐々に透けて見える。だけど最後まで名前をつけることの出来ない二人の関係。
なんだろうこの激しさ。相手に性的興味はないし、かといって友人としての関係も壊れているのに、お互いを傷つけながらそれでも繋がろうとしている。こういうふうに人を求める感情があるのか、たぶんわたしはそれを知らない。知ったとしても怖くて目をそらしてしまうだろうし、もしくはもっと現実的に表面上取り繕って親友とかのポジションをせめて守るんだろう。
こんなの疲れるだけだし不毛すぎるしもう考えただけで息苦しくてしようがない。だけど、傷つけるという行為でしか繋がれない相手との繋がりを手放せなくて、そして相手もまた似た感情を自分に持っているとすれば、それはなんて特別なんだろうと、羨望にも似た気持ちがわく。愛やら恋やらをあっさりと踏みにじる激しさを持った感情は、やはり近い言葉を探せば愛や恋なのかもしれなくて、人が人を求める感情は当たり前だとしても、これほどの不毛で激しい情熱を知るのは、同じ激しさの不幸と幸福がある。
手垢のついていない類いの恋愛小説を久々に読んだ、そんな気がした。恋愛小説か? 恋愛小説だろう。あまりにねじくれた感情と手法の裏にあるのは、ただ相手と繋がりたいと願う気持ちと、繋がれない現実への絶望。恋愛小説という枠をあっさり飛びこえた作品であることは重々承知しつつ、これこそ究極の、現代の恋愛小説だと言い切りたい気もする。