言い寄る(田辺聖子)

言い寄る

言い寄る

いやもう田辺さんの作品は大好きでして『言い寄る』も文庫版で何度も読んだのだけど、去年の引っ越しを機に文庫はほとんど処分してしまったことだし、単行本として復刊されていたようなので久しぶりに読みたくて買ってしまった。買って良かった。何度読み返しても胸がぎゅうと掴まれるようなこのかんじ。またハマる。ひさびさの田辺聖子強化月間になりそう。
それにしてもマックのことえりは昔に比べればだいぶ賢くなったとAtokを使わなくなって久しいのだけど、やっぱコイツまだまだだねと思ったのはこの『言い寄る』が一発変換できないからだ。素敵な日本語をもっと積極的にフォローしなさいと、まともな敬語をしゃべれない子を生徒にもつ国語教師のような気分で。だけど三回目くらいでもうちゃんと変換できるようになってて、やっぱやれば出来るやつだと見捨てられないのだけど。
言い寄る。素敵な言葉。
自由気ままに生きる乃里子は本当に大好きな五郎にだけはうまく言い寄れない。言葉と体で言い寄ってくる剛とは突かず離れずの関係を保って、体だけで上手く言い寄る水口さんには変に溺れて。そして求めて止まない五郎は自分の知らないところで親友に言い寄って。
たったひとりの人間でしか埋められない場所があって、それでも人の気持ちも自分の気持ちも勝手に思うようには動かせない。かわりの人間でとりあえず埋めようとしているかといえばそんな薄情な話でもなくて、むしろそうできるならもっと楽に呼吸できるんだろう。
言い寄れる隙があるから言い寄る、といっては嫌がってるのを無神経に言い寄る人もいるのだからあれだけど、でもそういう微妙な空気のやりとりが魅力的に描かれていて、何度目か読んでまた、ふうとため息が出る。
主人公とたいして変わらない年齢に到達してまだ、ああやっぱり田辺聖子の小説は大人のものだよなぁと憧れにも近い気持ちを抱かされる。むくわれなくても意地汚くても、潔さと強さをギリギリで手放さない主人公のようになれればと。
この作品でなぜか心に残るのは、剛との動物園デートのあたり。動物を眺めながら軽口を交わして、寒いからお互いに身を寄せて、なのにそれぞれの気持ちにはひどく距離がある。隠すそぶりもなく愛しそうに自分を見る男に「そんなに惚れたら困るよ」と言えば盛大に笑われて。
憧れてしまうのはたぶん、そういうもの。