阪急電車(有川浩)

阪急電車

阪急電車

新刊の棚で有川浩の名前だけ目に止め、とくにテンションが上がることもなく普通に買って、近くの喫茶店に入ってコーヒーを頼む間にふと気付いた。ん? 有川浩? 『図書館』シリーズの人だっけ? え!? やっと回路が繋がって読みさしの本はそのままに買ったばかりのこの本を開いた。最近はぼんやりしていて困る。少し前というか一二年前だったら好きな作家の新刊が出る日とか把握してたのになぁ。
というグチはどうでもいいとして、これって実は有川浩の初のシリーズ外の連作短編集? 自衛隊モノと図書館モノにリンクしない作品ってなかったよね。『クジラの彼』はほとんどスピンオフだったし、『レインツリー』は世界こそ重ならないもののいわゆる作中作みたいなもんだし。うわこれって作者にとっても読者にとっても新境地じゃないのと思ったあたりでやっとテンションが上がってきて、ついでにそのころにはすでに読み出していたこの沿線の世界に入り込んでいた。
これから読む人、電車の中で読むことをオススメします。


表題ママ、『阪急電車』ですれ違う、もしくは出会ってしまう、小さなドラマをリンクさせた連作短編集。なんというか、ここで描かれるのは『人情』なんですよ。「袖振り合うも多生の縁」はまた少し意味が違うのかもしれないけど、ただ隣り合う、もしくは電車という微妙な密室だからこそ生まれるドラマが、読んでいて何とも心地よい。
電車に乗るという「日常」の中の「非日常」が上手い具合に切り取られてるんですね。そりゃ正直ないと思いますよ。逆にこんなにいい出会いがあるのならぜひにでも乗りたい阪急電車! 下手すりゃあっさり斬り捨てられそうな都合のいいリンクさえも許してしまうのは、相反するリアリティーとドラマチックな展開に引き込まれるからなんだろう。


電車の中で始まる恋、もしくは失恋、新たな出会い、束の間もしくはそれ以上の友情。そうそう巡り会うことはない、じゃあやっぱりファンタジー。でもそれがいい。巡り会う可能性だってあるわけだし。それについつい口元を緩ませる、そんな作品も存在してほしいから。


なぜかわたしが相当高いところからモノを言ってることは自覚してますが、著者は相当腕を上げてきてるなと思いました。短編ひとつでも、そのキャラクターに感情移入させてしまうのはさすが。単純に楽しめる読書があっていいじゃないと、この人の作品を読むといつも思わされる。整合性とかそういうのは他の作家さんに任せて、有川路線を貫いてこちらをただニヤニヤさせてほしい。


繰り返しますがこれから読む人は、積極的に電車の中で読んでください。見慣れた風景が一変すること、約束します。