ロック母(角田光代)

ロック母

ロック母

角田光代の最新作は、1992年から2006年までの代表的な短編を収録した、著者の作品の遍歴をあらわしたような短編集である。


芥川賞候補作となった「ゆうべの神様」(1992)は、どこかコミカルささえ感じる醜悪な環境と今の自分自身から抜け出したいと願う、少女の憎悪と哀しみが描かれている。初期の初期な短編ですね。
つづく「緑の鼠の糞」(1998)「爆竹夜」(1998)はバックパッカーを主人公に旅先での刹那な関係を軸にした、アジアの熱っぽい雰囲気に溢れた作品。この時期の作品は確かに、アジアを舞台にした作品が多かった気がする。
また「カノジョ」(2002)は前妻の面影がたっぷりと残る部屋で同棲生活をスタートさせる、どこかドライな女の物語。同棲カップルの日常を描いた短編集『太陽と毒ぐも』をはじめ、夫婦やそれに近いカップルの日常の危うさを描いた作品がその前後、メインテーマであったように思う。
そして「ロック母」(2005)「父のボール」(2006)では、近年著者がテーマとしていた「家族のつながり」がテーマとなっており、短編とは思えぬほどの深い余韻を残す作品に仕上がっている。とくに「父のボール」で殺したいほど憎んでいた父が死んだ直後、たまたま入った中華料理屋で見かけた家族と自分たちをオーバーラップさせ、生まれた感情を表すあたりは、ちょっと鳥肌が立つ。家族モノの長編としては同年(2006)、『夜をゆく飛行機』(これは傑作!)が出ている。
この短編集を締めくくる「イリの結婚式」(2007)は、敵対心さえ生む民族間の隔たりと、カップル間での決定的な価値観の違いを重ねた、印象深い一作。ウイグル地区で取材する主人公の案内役となった女性とドライバーの男性の、民族の違いをバックにした亀裂。そしてペットのハムスターの死をきっかけに、婚約解消に至った主人公。生まれ育った文化がまったく異なる人を恋人にするより、似たような環境で育った日本人を恋人にしたほうが、ずいぶん楽であるのは明らかであるように思う。だけどそれを選んだとしても、第三者から見れば微妙でささいな、だけど当人同士にとっては受入れがたい「違い」によって、憎しみが生まれることもある。同じ民族でたいした宗教観もない二人でさえそうなるんだもの、「平和」という言葉がずいぶん遠くに感じられる。だけどこの短編のラストシーンに、そんな諦めにも似た気持ちが救われる。「違い」は「憎しみ」にイコールしないこと。「違い」は「違い」のまま、近づけることもなく、でも手を取ることができるということ。短編だったからこそ光るテーマだったのか、でも次にこういうテーマの長編を書いてくれるとしたら、かなり楽しみ。


著者の遍歴をあらわす、という点においては、「カノジョ」(2002)から「ロック母」(2005)のあいだに出た直木賞受賞作『対岸の彼女』前後の、タイプの違う女性同士の関係性を描いた短編なんかが入ってたら完璧だったかなー、なんて思いますが。でも面白かったですね。読み進めるにつれ、作品も面白くなっていくんですよ。角田ファンはもちろんのこと、今まで手に取ったことのない人も、楽しめる短編集だと思う。