ジェネラル・ルージュの凱旋(海堂尊)

ジェネラル・ルージュの凱旋

ジェネラル・ルージュの凱旋

もうね、このシリーズを手に取ることはないと思ってましたよ。実際に書店で見かけたときもスルーしたし。でもさすらい人さんのレビュー(http://d.hatena.ne.jp/Wanderer/20070421)によれば、なんだか面白そう。本当にこれがラストチャンスだからな、と見えない作者に向かってつぶやきながら購入したのだけど……


これが最高に面白かった!
デビュー作である『チーム・バチスタの栄光』を越えてるね。というわけで当然シリーズ最高傑作。他人事ながらあの二作目と三作目はなかったことにしたいくらいだ。
やっぱこのシリーズの中心にあるべきなのは、「対話」や「論争」を含めた「会話」なんだよね。何かを隠して、隠された何かを引き出して、追いつめて、逆手をとって、机上の正論を振りかざして、ときに癒して。単なるケンカではなく、知的でエキサイティングな言葉のバトルこそが、この作家の最大の持ち味だと思う。4作目となる本作が成功してるのは、それがちゃんと中心に据えてあるからだ。とくに田口・島津・速水の同期チームと、田口を敵対視する沼田率いる<エシックス>チームの舌戦は読み応えたっぷり。むしろ沼田チームは敵として不足あり、か?


今回の事件は、田口のもとに届いた匿名の告発文が発端となる。告発の内容は、<ジェネラル・ルージュ>血まみれ将軍と呼ばれるICU部長の速水と医療代理店との癒着。病院長に相談した田口は、予想外なことを提案されて戸惑う。それは田口を敵対視する「倫理問題審査委員会(エシックス・コミュニティ)」に預けることだった。病院長の意図は? 告発文の目的は? 同期である速水を信じる田口は、エシックス率いる沼田より先回りして調査を進めるが……。
「医療を、いや、救急医療をここまで追いつめてしまったのは一体誰だ?」


本作で最も魅力的に描かれているのは、間違いなく速水だろう。ICUという戦場においてスタッフからの全幅の信頼を集める天才医師だが、一方で組織やルールに縛られない型破りな「現場」タイプ。手続きやルールを何よりも重視するエシックスチームや事務局長にとってはまさに、天敵だ。堂々たる演説で沼田たちをやり込めるシーンは、まさに「将軍」の称号がふさわしい。だけど速水の本当の舞台は、会議室ではないのだ。
それは今もスタッフのあいだで語り継がれる伝説、それは大規模なデパート火災によって普段ならパンクするほどのけが人を、そのとき唯一ICUにいた新人医師の速水が全スタッフに指示を出して捌ききったというもの。その事件こそが<ジェネラル・ルージュ>と呼ばれる所以だった。
そんな速水の勇姿は、物語のラストでもたっぷりと描かれる。多数の死傷者が予測されるバイパスでの多重事故が発生。将軍のスタッド・コールを受け、全スタッフが動き出す……。もうね、ここのスピード感と迫力はたまりません。ページをめくる手が止まらないこと間違いなし。


他のキャラクターもなかなか魅力的に描かれていて良かったと思う。ICUの爆弾娘、千里眼のネコ、相変わらず裏番長な藤原さん、老獪な病院長などなど。あ、そういえば白鳥も出てますよ。でもほぼ完全に速水にお株を奪われているので、ほぼ脇役に近いけど。むしろ氷姫のほうが活躍してたかな。田口はまだ主人公として保ってる気がするけど、そこらへんのアンバランスさがちと、今後の作品へも不安を残すところ。主人公とそれをサポートするキャラたちは、もうちょっとしっかり役回りを固定させてほしい。


でもこんなの読まされちゃったからには、次作も間違いなく買っちゃうな。出版社も焦らず、一定レベルはクリアした作品だけを輩出してもらいたいもんだ。というわけで『チーム・バチスタ〜』で大興奮し『ナイチンゲール〜』で「あれ?」と首をひねり『螺鈿迷宮』でふざけんなと、そうわたしと同じように感じた人も今回は安心して読んでください。一気読み必至です。