妖女サイベルの呼び声 (ハヤカワ文庫 FT 1)(パトリシア・A・マキリップ)

妖女サイベルの呼び声 (ハヤカワ文庫 FT 1)

妖女サイベルの呼び声 (ハヤカワ文庫 FT 1)

しばらく前に読んだ荻原規子のエッセイ『ファンタジーのDNA』のなかで、彼女がファンタジーを書きたいと決定的に思わされた作品として挙げられていた作品。読みたいと思いつつも機を逃していたが、先日たまたま古本屋で発見して、タイトルを覚えていた自分にも驚きつつ、即購入。そして今日、軽い気持ちで読み始めたら一気読みでした。翻訳モノで一気読みというのは、ここ最近ではめずらしいくらい。そのくらい、面白かったんです。


人里離れた森のなかで、不思議な力を持つ幻獣たちと心を通い合わせる魔女・サイベル。ところが彼女の血縁であるという赤ん坊を、見知らぬ騎士に預けられたことで、彼女の運命が狂いだす。初めて「愛を与える」ことを知ったサイベルは、赤ん坊・タムを必死に育てるが、タムは実は国の王子。やはりというか、赤ん坊を預けられた十数年後、サイベルとタムは王位継承問題に巻き込まれることに……。強欲で臆病な王を相手に、愛する息子と夫を裏切りながら、サイベルの静かな復讐が幕を開ける。


訳者あとがきによればこの小説は当初、ジュヴナイルとして出されたらしい。しかし結果として世代を超える読者を魅了する物語は、世界幻想文学大賞を受賞し、読み継がれているわけだが。でもたしかに、子どもも存分に楽しめるシンプルな世界観もあり、一方で大人も魅入られるような深さのある、名作だと思う。


わたしはとくに、ラストにおけるサイベルの心の葛藤が印象に残った。復讐することに血が騒ぐ自分の<本性>、一方で自分のそんな<本性>を愛する男たちだけには知られたくないという女心。コーレンによって授けられたタムを育てることではじめてサイベルの心に生まれた愛情が復讐を誓わせ、でもそれはサイベルが心を許した数少ない人間たちを悲しませる。そんな苦渋の決断から逃げないサイベルは、強いけど悲しい。「愛する」ことは知っていても、「頼る」ことを知らない、知っていてもできないからこその、切ない生き方に胸が締め付けられる。


荻原規子がこの作品に影響を受けているっていうのもよくわかるなぁ。世界観が似ている。子どもも大人も楽しめる、わかりやすくも深いストーリー。勧善懲悪ではおさまらない人間の業が、幻想的な世界に彩られて。また「女の決意」がガッツリ描かれているのも爽快だ。


もーとにもかくにも面白かったです。最近翻訳モノを読み通せなくなったわたしが一気読み。とにかく引き込まれました。ページ数よりずっと短く感じてしまうほどに。ファンタジー苦手とか、翻訳モノ苦手とか、そんな人たちにも自信たっぷりでオススメできちゃう作品です。