観光 (ハヤカワepiブック・プラネット)(ラッタウット・ラープチャルーンサップ)

観光 (ハヤカワepiブック・プラネット)

観光 (ハヤカワepiブック・プラネット)

一生、この著者名は覚えられなさそうだ……。タイで育った作家さんのよう。
これは今年の三月に創刊した、「ハワカワepi<ブック・プラネット>」というレーベルから出た一作。ハヤカワの「epi」といえばこれまでは文庫でカズオ・イシグロアゴタ・クリストフなどの純文学系を出してたんだけど、あらたに単行本で「epi」シリーズを展開するということは、ミステリやSFのイメージの強いハヤカワが、あらためて純文学系に力を入れていくということですか。面白いですね。


というわけで第一回配本のうちの一作である本作に手を伸ばしてみました。
この作家を知らないどころか、タイの作家の作品を読んだこともなかったんだけど……これが面白いの!!! テイストとしては、新潮クレストで出ててもおかしくないかんじ。でもいい意味でクレストレーベルの無難イメージとは違う、生々しさもある作品かも。作者もまだ20代だし。


本書は7つの短編が収められた短編集。どうしようもない現実に向かい合う、切なさや苦しさが印象的に描かれる。
観光客であるアメリカ娘にばかり恋に落ちてしまう少年の物語「ガイジン」、もうすぐ失明する母親との小旅行「観光」、大人の世界にいる兄との微妙な距離感を描いた「カフェ・ラブリーで」、自分は親がワイロを送っているせいで安泰な徴兵抽選会に親友と向かう「徴兵の日」、タイ人と結婚した息子のもとに身を寄せたアメリカ人の老人を描いた「こんなところで死にたくない」、闘鶏によてすべてを失いつつある父親を娘の視点から描いた「闘鶏師」……そのどれもが一瞬の輝きと切なさを放っていて、甲乙付けがたい。
でも個人的に気に入ったのは、カンボジア難民である少女との交流を描いた「プリシラ」。建設中のプールを舞台にすることでいかにも少年少女小説っぽい明るさが輝く。……が一方で子どもたちには手出しもできないところで、大人たちの難民たちへの迫害が始まる……。
こういう状況において、子どもを視点に大人を悪者にしてしまうってのはズルい。そう思わないではないけど、それでは済まされない余韻が、この小説にはある。圧倒的な「理不尽」をあきらめながら受入れつつ、それでも捨てられない「繋がり」……。どの短編でもそれを感じられると思う。


というわけで、大満足の一作でした。この作家も、このレーベルも、できるだけ追いかけていきたいです。