欲しい(永井するみ)

欲しい

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永井するみの小説といえば、一風変わった業界を舞台に展開し、またその業界の内幕をきっちり書くのが特徴であり魅力でもある。これまでもエステティシャンやブランドメーカー、インテリアコーディネーター、クラシック界など、女性読者の興味をかき立てる業界が数多くとり上げられてきたが、本作でもまた女性になじみがある、そしてなじみはなくてもちょっと興味はある、という世界が舞台に選ばれている。
派遣会社と、出張ホストだ。


就職氷河期に卒業した25歳から35歳くらいまでの世代にとって「ハケン」はかなり身近な存在。わたしは経験したことないが(正社員もないけど)、派遣で働いていた友だちはたくさんいた。今ちょうどそんなドラマやってるし。
一方の出張ホストは、利用した経験のある人は少なそうだし、わたしも当然ないけど、ちょっと興味はある。女性を満足させるサービス(もちろんセックスだけじゃなくて)を、そつなくこなせる若い男の子ってそんなにいるもんだろうかとか。フィクションの世界(一条ゆかりの「正しい恋愛のススメ」とか)でしか知らないので、ちょっと神秘的だ。


そんな世界を舞台に描かれる本作は、ひとりの会社役員の転落死の陰に潜む、それぞれの欲望と複雑な人間関係を見事に絡み合わせたサスペンスである。
出口のない不倫と出張ホストとの甘い時間で心のバランスをはかる、人材派遣会社社長・有希子。別れた夫からの金の無心に苦しむ、若きシングルマザーの派遣登録スタッフ・ありさ。有希子を顧客に持つベテランの出張ホスト・テル。三人がそれぞれ「欲しい」と願う、その思惑が交錯した結果、意外な男が死ぬことになる。
この物語はいわゆる「すべての謎は解けた!」的なすっきりしたラストではない。明らかになった欲望も、明らかにされなかった欲望もある。だからこそ生まれたなまなましさが、この作品の一番の魅力かもしれない。


登場人物は少ないのに、ひねりがきいてて面白かった。日常サスペンスを得意とする永井するみを代表するような作品だと言っても過言ではないかも。もうちょっと注目されるといいですね〜。