リヴァイアサン (新潮文庫)(ポール・オースター)★★★★★

リヴァイアサン (新潮文庫)

リヴァイアサン (新潮文庫)

最新作『ティンプクトゥ』に続いて個人的には二作目となるオースター。

一人の男が道端で爆死した。製作中の爆弾が暴発し、死体は15mの範囲に散らばっていた。男が、米各地の自由の女神像を狙い続けた自由の怪人であることに、私は気付いた。FBIより先だった。実は彼とは随分以前にある朗読会で知り合い、一時はとても親密だった。彼はいったい何に絶望し、なぜテロリストになったのか。彼が追い続けた怪物リヴァイアサンとは。謎が少しずつ明かされる。

才能あふれる小説家であり、主人公の親友でもあり、そして「自由の怪人」となったサックス。同じく小説家でありサックスの秘密を知る主人公は、彼の死をきっかけに客観的ながらもサックスの世界を再構築する……それが本書である。
物語冒頭で知らされる、道端で爆死した男がサックスであるということを知っているのは主人公・ピーターと読者だけだ。そして物語は一気に二人が出会った頃にさかのぼる。そこにいたのは、しゃべり好きで人なつこくてユーモアに富んだ一人の作家だった。なぜこのような好ましい人物が、のちに爆弾魔となったのかーーー? それだけでもぐいぐい興味を引かれるようだが、さらにサックスという中心部から蜘蛛の糸のようにのびる人間関係がシンプルかつ丁寧に描かれ、物語は奥深さをみせる。
ピーターは知り得るかぎりの情報をかき集め、整理しつつも可能なかぎり多くのの情報を生かして、この物語と彼の人生を再構築した。なぜなら何がサックスを変えたのか、それは誰にも分らないしサックス自身もきっとわからない。引き金はたくさんの事柄の積み重ねなのだ。だから物語も慎重にエピソードを積み重ねられる。


「The pen is mightier than the sword.」(「ペンは剣より強し」→「ジャーナリズムは暴力より強い」)
有名なことわざだが、現実は全然そうじゃない。だからテロが起こる。自分の思想に他人の目を引きつけるに、暴力ほど強いものはないからだ。最終的にサックスが行き着いたのは「ペンに何ができる?」という根本的な揺らぎだったわけだが、そこに行き着くにはいくつかの事件(ベランダでふざけていて落下しあやうく命を落としそうになったこと、正当防衛とはいえ人を殺してしまったこと、信じていた拠り所がなくなってしまったこと)が何らかのかたちでサックスに影響を与えたことは間違いないわけで、そうなればそれぞれの事件に関わった人たち、またその人たちとサックスの出会いなどから語る必要もあるわけで、あぁこの小説にはひとつの無駄もないと驚かされてしまうのである。


これだけ多くの関係性を丁寧に濃密に描きながらも、物語は整然としている、その構成力がお見事。人物像もその関係性もとても人間臭いし。そして何よりピーターが知ってることのみで構築されていて、わからなかったことはわからないままで、「ピーターという小説家が書いたもの」としてパーフェクトなのが格好いいのだ。


やっぱ、かなり好きだわオースター。未読の作品がまだまだあるのがうれしい!