ダブル(永井するみ)★★★

ダブル

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本の雑誌」今月号の新刊めったくたガイドで新刊が出てることを知ったという、レアケース。本屋で新刊をあさるのが日課といっても過言でないわたしの目をかいくぐって出てたとは。ありえない地味さだ。
どうか……もうちょっと注目してあげて……。
まーわからんでもないけどな。今に化ける今に化けると言われながらも、といっても言ってるのはわたしくらいかもしれないけど、今ひとつヒットに及ばないんですよねぇ。でも不思議なことにこの人の作品、もう十作以上読んでるけど「飽きる」ということはないんですよ。業界モノが多いのでそれが新鮮なのと、ミステリとしても毎回どういうタイプのものを出してくるかわからない。だから出たら買っちゃうんだよな。


というわけで本書。
前作はカリスマ的なジュニアブランドが殺人事件と結びついた『さくら草』(感想はコチラ)、前々作は<神の手>を持つエステティシャンが愛憎絡み合う人間関係に巻き込まれていく『ビネツ』(感想はコチラ)と、得意の業界モノでミステリとしてもそれまでに比べると安定したいい出来だったと思う。
ところが今回は業界モノじゃないんです。

若い女性が突然、路上に飛び出し、車に轢かれて死亡した。事故と他殺が疑われたこの事件は、被害者の特異な容貌から別の注目を浴びることになった。興味を持った女性ライターが取材を進めると、同じ地域でまた新たな事件が起こる。真相に辿り着いた彼女が見たものは―。かつてない犯人像と不可思議な動機―追うほどに、女性ライターは事件に魅入られていく。新たなる挑戦の結実、衝撃の長編サスペンス。

車にひかれて死亡した被害者の女性は、デブでブス。だからこそ、この事件に対する世間の目は冷ややかだった。そこに違和感を感じた駆け出しのライター・多恵は事件の詳細を掘り下げようとする。なんていうとわかりやすすぎるが、多恵の感情はもっと複雑だ。デブでブスだからという理由で蔑む世間に対する怒りとともに、同じ女性としてこの被害者を軽蔑する気持ちもある、そして何よりそろそろ一人前のライターとして認められたいという色気こそが、多恵をこの事件にのめり込ませていく。
そしてもう一人の主人公は、妊娠中の専業主婦・乃々香。コイツが怖い。初めての子供を妊娠してて、昼間は妊婦用のヨガに通ったり妊婦仲間とランチしたり、夫は優しくて誠実で、おっとりした雰囲気を漂わせる幸せそうな女。だけど、その内面は病的に子供で、どこまでも自己中。恐ろしいまでの狂気を秘めているのだ。


そう、これまでの永井作品と同じく、今作もやはり「日常と隣り合わせの狂気」がテーマとなっている。ま、とはいえ駅でぶつかったり、恋人といちゃいちゃしてただけで殺されちゃー浮かばれないだろうけど。
でも赤の他人に対してのほうが苛立がつのる気持ちはわからなくもない。わたしも基本的にせっかちで、ATMや改札で一度失敗してもう一度トライする人とか、レジ前でトロトロ小銭を探してる人とか、あげくの果てには混んでるのにトイレが長い人とかにさえ腹立つし、ましてやレストランやショップの店員が気が利かなくてトロいと全員並べて説教したくなるクチだからだ。しないですけどね。そう、普通は「しない」のだ。怒りもしない。だって怒るのって自分が疲れるじゃないですか。赤の他人に自分のパワーは使いたくない。ましてや殺すなんてリスクの高いこと、冷静に考えれば普通は絶対にしないだろう。だからこそ今作の事件はちょっと違和感を覚える。「カッとなってやった」というなら、まだ納得できるんだけど……。


そしてまた、永井作品の感想としては恒例ですが、ミステリとしてもダメな点が。とにかく<偶然>に頼り過ぎ。<偶然>に頼っちゃダメよ、ミステリは。ホンット、毎回惜しいなぁ。心理描写はめちゃめちゃ上手いんだけどねぇ。多恵も探偵役としては脇が甘いし。なんか既成概念的な「女色」が強いんだよね。
導入部分は面白かったんだけど、どうにもその後が詰め切れてない。加えてミステリ作家として成功したいならば、もうちょっと男性読者を意識してもいいんじゃないかしら。一応女であるわたしですら、マイナスイメージな「女色」満載に読んでてちょっと辟易したもの。生身の人間を描くことに集中しすぎて、ミステリとしてのバランスが崩れているようにも思う。


そして些細すぎることかもしれないけど、ちょっとツッコミたいのは20代の女が結婚したからってダンナのこと「あなた」とは呼ばないでしょ。というか20代に限らず「あなた」って夫に呼びかける妻って本当に生息してるの? ウチの母親でさえ「あなた」なんて言ってるの聞いたことないんですけど。まぁそれは家庭内のことなんで他の人のことはわからないけど、わたしはフィクションの世界でしか「あなた」と呼びかける妻を知らない。気になるから周りの人にも聞いてみようっと。