10ドルだって大金だ (KAWADE MYSTERY)(ジャック・リッチー)★★★★★

10ドルだって大金だ (KAWADE MYSTERY)

10ドルだって大金だ (KAWADE MYSTERY)

昨年秋に日本では初めてとなる短編集『クライム・マシン』が刊行され、年末恒例の「このミステリーがすごい!」で海外編第一位を獲得した、あの<短編の名手>ジャック・リッチーですよ。日本では二冊目です。

でも正直、最初は買うのを悩んだんですよ。『クライム・マシン』はすごく面白かったけど、なにせ一年も前のことだから、作者の芸風がどんなもんだったかも思い出せなかったんで。んで、ちょっと立ち読みしてみたら……一行目↓

結婚して三ヶ月、そろそろ、妻を殺す頃合だ。

ハイ!お買い上げ〜。
一行目フェチとしては見逃せません。いやもちろん心のなかでコレクションしてる、数々の名<一行目>に比べればわりと普通ですが。でも読者の興味をかき立てるだけのインパクトを持った、いい一行目だと思います。


そして読み終わりましたが、やっぱ買って読んで大正解ですね。
もう読んでて楽しい楽しい。ユーモアとツイストが盛りだくさんで、14の短編すべて堪能してしまいました。やっぱリッチー最高だわ。


個人的に一番好きだったのは、本書でも5編収められてるターンバックルシリーズ。ヘンリー・S・ターンバックルという部長刑事(探偵バージョンもあり)を主人公としたものだが、このターンバックルというキャラがいいんだよね。想像力豊かで捜査も鋭いのだけど、いかんせん思い込みが激しい。「犯人は君だ!」とタンカきったりするけど、結果的にそれが間違ってることが多いという、ちょっと抜けた刑事サン。とくに本書に収められている「誰も教えてくれない」なんか最高。うん、気持ちはわかるけど、断定するのはもうちょっと足場を固めてからにしようね、とアドバイスしてあげたくなるような、なんとも愛らしいキャラ。
同じくシリーズものの<カーデュラ>シリーズもいい。お金に困った吸血鬼がボクサーデビューしちゃうという、なんともおかしい話がとても好きだ。


コミカルだけじゃなくてトリッキーだったりシリアスだったり、リッチーの中には無数の引き出しがあるんじゃないかと思っちゃうくらい、様々な側面を見せてくれる。でも共通するのは<軽快>さ。<軽い>じゃなくて<軽快>。プロットがしっかりしてるうえにこの軽快さ。短編の名手の技を、じっくり拝ませていただいた。


でもそれだけに、できたら文庫本で出してほしかったかな。「単行本で出すほどじゃない」ってことではないですよ、もちろん。ただこの軽快さはペーパーバックにこそ似つかわしい。
翻訳モノは単行本か文庫オリジナルか、二通りの出版があるので余計気になるのかもしれない。純文学系だったらやっぱ単行本だし。というかその後文庫にならない可能性も高いし。でもミステリやSFは大物はのぞいて基本はいきなり文庫ですよね。そこらへんの線引きは微妙ですが。
でもね、やっぱジャック・リッチーは文庫がふさわしい。コートのポケットに入るサイズで、この短編集があったらすごく幸せだと思うよ。読者を引きつけてやまない、そんな短編は移動中に最適だもの。まーわたしは、どっしりとした長編でも移動中にも読むけどさ、イマイチ集中できないもの。むしろリッチーのような出来のいい短編集のほうが、移動中でも集中して読めるもんね。とりあえずリッチーの単行本は売ったりはしないけど、文庫版が出たらそれはそれで買いたいと思う。どうせ3〜4年したら完全に忘れてるんだし(断言できるのはどうだ)、また新たに楽しませてくれそう。


まだ日本では書籍になってない短編や唯一の長編なんかもぜひ読んでみたいなぁ。