レインツリーの国(有川浩)★★★★☆


有川浩の恋愛小説!? いやな予感するなぁなんて思いながらも条件反射のように買ってしまった。この人の作品で恋愛をメインにしたものといえば『Sweet Blue Age』というアンソロジーに収められた短編「クジラの夜」を読んだが、あれは『海の底』のスピンオフとして楽しむためのものだった。正直、独立したひとつの恋愛小説としてはひたすらこそばゆい甘甘の物語だったと思う。


さてこの小説はこないだ出たばかりの『図書館内乱』と密接にリンクしている。
『図書館』シリーズの名サブキャラである小牧が、幼なじみで耳に障害のある女の子にこの『レインツリー〜』を勧めたところ、その噂を聞きつけたメディア良化委員会が「聾唖者に難聴の登場人物が出てくる本を薦めるとはけしからん」という理由で小牧を拘束することになったのである。
そしてもうひとつ。『図書館』の公式HPで「図書館員の一刀両断レビュー」という辛口が売りのコンテンツが図書館隊員たちも知らぬ間に始まっており、それが内外で騒動を引き起こすことに。その辛口レビューで取り上げられていた本の中に『レインツリー…』もあったというわけ。


では『図書館内乱』から、ある図書館員が書いたとされる『レインツリー…』へのレビューを引用しましょうか。

 一言で言って薄っぺらい。身障者をダシにお涙頂戴を狙う思惑が鼻について怒りさえ覚える。キャラクターも人間としての厚みがまったくなく、感情移入できない。デビューしてから今まで読んできたが、今作で見切った。はっきり言ってこれがこの作者の限界。こんなものは小説ではなく自分の願望を投影した妄想だ。この力量ではここから一皮剥けるのも難しいだろう。
 恋愛おままごと的道行きを飲み込める人ならそれなりに楽しめるかも? まあこれはあくまで個人的意見ということにしておくが、買う価値はまったくない。無駄金を使わないためにもぜひ当館で借りて読むことをお勧めする。

『レインツリー…』を読んだあとにこの部分を再読すると、作者の明確なメッセージが伝わってきて、ちょっと笑える。たしかに、『図書館内乱』を読まずに『レインツリー…』を読んだ読者の中にこんなレビュー(「身障者をダシにお涙頂戴を狙う思惑が鼻について怒りさえ覚える」)を書く人がいても不思議じゃないもの。一方で「こんなものは小説ではなく自分の願望を投影した妄想だ」という一文については、波長の合わない読者からはそう思われてるんだろうなぁという冷静な作者の自己批判ともとれてニヤリとしてしまう。


さて本題です。
本書はとてもシンプルな物語だ。「健常者」と「障害者」の恋。もうそれ以外に説明のしようもない。そしてそれに呆れるほどストレートに真正面からぶつかった物語だ。それだけでこの作品は評価できる。しかも著者はかなり下調べしたのであろう。「障害者」として生きるひとの内面に食い込み、一方で「健常者」と「障害者」の残酷なまでの意識の違いを冷静に浮き彫りにし、かつ未来のあるラストにつなげてくれる。
自分のなかで、有川浩の株が上がりました。


あらすじは……
人気を博しながらも読者を裏切るような悲しいラストで終わった、高校時代に読んで衝撃を受けたラノベを10年後にふと思い出したシンは、その作品についてネットで調べていると、興味深いレビューに出会った。シンにとっては初めてのことだが、そのレビューを読んだ興奮でHPの管理人・ひとみへメールを送ってみた。早々にひとみから返信があり、二人の間でラリーのようにメールのやり取りが始まる。シンは当然ながらウマの合うこのメルトモとぜひ会いたいと提案するも、ひとみの返事はNoで……。


本作で描かれるのは、本当にシンプルな恋愛だ。
同じ文化で育った健常者同士の恋愛だって、それぞれが感じる違和感を、ときに楽しみときにあきらめながら受入れていくものでしょう? 例えば相手が外国人だったら、覚悟の上でも、埋まる予定もない文化の溝を絶えず抱えることになるだろう。それが「健常者」と「障害者」だったら?


「傷つけた埋め合わせに自身持たせてやろうなんて本当に親切で優しくてありがとう。」と嫌みたっぷりに相手を糾弾するひとみ。
「……そうやって世界で自分しか傷ついたことがないみたいな顔すんなや」とひとみの過剰な被害者意識にキレる。


こういうふうに、「健常者」と「障害者」が正面からぶつかりあう小説を初めて読んだ気がする。日本ってひたすら「差別」にかかわる「すべて」を避ける国柄だよなぁ。「めくら」なんて言葉を墓場に押しやってみるも、実際に障害者の友人の多い知人は普通に「めくら」という言葉を使う。現代では「障害者」への配慮が過ぎていて、逆に「健常者」と「障害者」の世界をきっぱり分けているような気がする。

その一例が本書であるような気がしてならない。障害者を主人公にもってくる小説はなかなかない。単純に後ろめたさがあるんだろうなと思う。安易に「死」を持ち込む小説は多いのに、「障害」を持ち込むものは驚くほど少ない。読み手のニーズもあるかもしれないが、こういう小説はもっとあってほしい。想像力をもっと喚起させてほしい、と思った。まぁ、本読みが少ないのはわかってますけどね。

でもこういう作品は普通にあってほしいです。避けないでほしい。何も恐れずに正面からぶつかった本書を読んで、そう思いました。
小説としては未熟かもしれない。でもさらりと本質に迫る希有な作家だ。これからも応援してますよー。


たぶん本作を読んでる人は有川浩のファンでしょうから余計なお世話かもしれませんが、本書を読んだ後『図書館内乱』の関連するエピソードを読み返すと、ますます楽しいですよ。