風が強く吹いている(三浦しをん)★★★★★

風が強く吹いている

風が強く吹いている


超がつくほど運動オンチなのに、走り出したくなっちゃいましたよ。


高校時代の不祥事を機に公式戦から遠ざかっていた一回生の走(かける)と、膝の故障から徐々に本調子を取り戻しつつあった四回生のハイジ。二人が出会ったとき、ハイジの野望が走り始めた。

住む場所も金もない走に、ハイジは自らが住むオンボロ寮を紹介する。今にもつぶれそうなその木造の寮<竹青荘>には実に個性的な住人ばかり。漫画オタクの<王子>に、理工学部でアフリカからの国費留学生である<ムサ>、常に明るい一卵性双子の<ジョータ>と<ジョージ>、心優しく気配りのきく<神童>、三回生にしてすでに司法試験をパスした頭脳派<ユキ>、二浪して大学五年目のヘビースモーカー<ニコちゃん先輩>、クイズ番組マニアで本番に弱い<キング>。全員が寛政大の学生だ。

走を含め住人が十人揃ったところで、ハイジはとんでもないことを言い出した。この10人で箱根駅伝に出場しようというのだ。走とハイジを入れてもこの10人のなかで陸上経験があるのは3人だ。陸上の世界を深く知っている人でなくても、「そんなの絶対無理!」というだろう。箱根のレベルの高さを知っている走は断固反対するが、ハイジの熱気に押されて寮生たちはしぶしぶ練習に付き合うことに。個人差はありながらも、意外にも全員走ることにハマりはじめる。
部員10名での箱根への挑戦ー。様々な思いを抱えながら、<竹青荘>の十人が箱根駅伝の舞台に立つ。


この作品にはかなり期待してました。だって三浦しをんで、箱根駅伝でしょ? 失敗はないなと。あとはもう、どれだけ魅せてくれるか。
で、それだけ期待したにも関わらず、本書は期待以上だった。どんどんページをめくりたいという思いと同じくらい、一語も見逃したくないから、一生懸命じっくりとできるだけ早く、読みすすめた。

スポーツ青春モノではYAが主ですよね。あさのつこの『バッテリー』、森絵都の『DIVE!!!』あたりは外せないところ。そのほかでは川島誠の『800』や連続刊行始まったばかりの佐藤多佳子の『一瞬の風になれ 第一部 --イチニツイテ--』などが思い出されるが。
そこらへんの名作も含め、個人的にはこの三浦しをんの新作『風が強く吹いている』が一番好きかも。
チームとしてまとまるまでの経緯、レースへの気負いと緊張、それぞれが抱える孤独、そして揺るぎない仲間への信頼……。それらすべてが一冊にきちんとまとまっている。それでいてページから溢れる熱気に巻き込まれて。

最初は、この設定はちょっとズルいかなとも思った。もともとバラバラな人たちが共通の目標を持ってチームとなって上を目指すって、ベタベタですもんね。でもそれはわかったうえで、素直に感動できた。そのくらい、揺るぎない物語だったと思う。

走る姿がこんなにうつくしいなんて、知らなかった。これはなんて原始的で、孤独なスポーツなんだろう。だれも彼らを支えることはできない。まわりにどれだけ観客がいても、一緒に練習したチームメイトがいても、あのひとたちはいま、たった一人で、体の機能を全部使って走り続けている。

心地いい。切り裂く風も、踏みしめる道も、この瞬間だけは俺のものだ。こうして走っているかぎり、俺だけが体験できる世界だ。
心臓が熱い。指の先まで血が流れているのがわかる。重い、まだまだこんなものじゃないはずだ。もっと体を変化させろ。苦しみを知らず草原を駆ける、しなやかな獣のように。暗闇を照らす、銀色の光のように。


長距離だからこそ、たっぷりと内側まで踏み込むことが出来たのだろう。箱根を舞台に描かれる、それぞれの深さに、ただ涙ぐんだりハラハラしたり。キャラもいいしね。榊クンの悪キャラぶりもG•J!
箱根駅伝というドラマチックな設定を選んで、でもそれに負けない、力強くて優しい物語がここにある。
ひねりもない、本当にストレートな物語です。

なんか本当に、読んで良かったなぁと思える作品でした。