一瞬の風になれ 第一部 -イチニツイテ-(佐藤多佳子)★★★★

一瞬の風になれ 1
佐藤 多佳子著
講談社 (2006.8)
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久しぶりじゃないか、佐藤多佳子。『黄色い目の魚』以来かな? 4年ぶりですって。本作は『バッテリー』(あさのあつこ)や『DIVE!!』(森絵都)が好きな人たちなら飛びつきそう(わたしもだけど)。陸上をテーマにした高校生たちの物語。全3巻で、今月から月一で連続刊行されるらしい。


というわけで第一部「イチニツイテ」。
主人公・新二は小さい頃からずっとサッカーをやってきた。なにせ父親はもとサッカーの国体選手、兄貴はU16代表候補にも選ばれる天才選手、夫婦揃ってのマリノスサポーターという、サッカー家族なのだ。当たり前のようにサッカーを続けていたが、兄とは違っていつまでたってもヘタクソ。高校進学を機に、家族から白い目で見られつつもサッカー部ではなく、陸上部に入部することに。陸上を選ぶきっかけとなったのは、おさななじみの連だった。連は天才的なスプリンターで中二のときに全国で七位という驚異的な結果をのこしながらも、気ままで練習嫌いなゆえしばらく陸上を離れていたのだが、さすがに名前は全国区。連が入学したと知った陸上部は、つれない連をなんとかして入部させようと新二にもアプローチをかけてきたのだ。連のことが心配だった新二はついつい世話を焼き、ついには自分も陸上というスポーツに魅せられてしまう。新二はサッカーは下手だったが、走りはチームで一番だったのだ。


本書の魅力は、基本的に孤独な陸上というスポーツにおいて、リレーという種目を混ぜることで、個人とチームプレー両方の面白さが共存しているところだと思う。誰よりも速く走りたい、そんなエゴがぶつかりあう個人のスプリント。それぞれの実力はもちろん、バトンの受け渡しというチームとしてのまとまりが問われるリレー。どちらも小説の題材にするには十分なほどに魅力的だ。個人競技団体競技、その両方に焦点を当てたことは吉と出るか凶と出るか……それは三巻まで読まないとわからないですね。


さてこの1巻目までの感想だが。
『バッテリー』や『DIVE!!』と比べてしまうのはどうしようもないかもしれない。だって明らかに同じタイプの小説だもの。本書はそれらに肩を並べる水準ではあると思う。微妙な家族関係であったり、魅力的な脇役たちの存在であったり。そして何より「負けたくない」という主人公の思いがこの物語を熱くしている。
ただ一方で大会などの山場があっさりしすぎているように感じた。実際スプリントなんて走ってる本人にしてみれば一瞬のようなものかもしれないが、過剰に感じられるくらい書き込んでもいいのではないか。主人公が競技の前にどれだけ緊張しているかがわかっても、実際の競技のシーンがあっさりしすぎているとシーンに緊張感が感じられないのだ。
そして絶対的に足りないのは「エゴ」かも知れない。部内随一の実力者である連はまったくそういうものは持ってないし、主人公の新二は「いつか連を抜きたい」とは思っているものの、それはまだ「願望」の域にとどまっている。『バッテリー』や『DIVE!!』は主要の登場人物たちは、程度の差はあれどそのほとんどがエゴイストだったと思う。だからこそそのエゴのぶつかり合いがたまらなく面白かったわけで、さらに緊張感ある競技(もしくは試合)のシーンが組み合わさって、あれほどの人気を博したのだと思うのだ。


まーでもあと二冊は控えてるわけですし、どういう展開になるのかはわかりませんね。視点も変わるかもしれないし。でもこの1巻だけでもたしかに面白かったわけだし、一刻も早く続きを読みたい。もっともっと濃い内容が控えていることを期待します!