S-Fマガジン 2006年 10月号 [雑誌]〜現代女性作家特集

S-Fマガジン 2006年 10月号 [雑誌]

S-Fマガジン 2006年 10月号 [雑誌]

現代女性作家特集ということで手に取ってパラパラとめくっていたところ、ケリー・リンクという作家の短編の冒頭を読み始めて止まらなくなったので購入。


「しばしの沈黙」(ケリー・リンク
読み始めて止まらなくなったといっても、別に序盤から怒濤の展開が広がる物語ではない。魅かれたのは、心地よい文章のテンポである。「一晩中聴いていられる」かんじ。それで内容はというと、これが非常に説明しづらい。翻訳者の柴田元幸氏の言葉を借りると、

基本的には、時間が逆に流れる世界、というSF仕立てと言えなくもない着想で書かれた作品だが、お読みになればわかるとおり、読んだ感じはいわゆるSFとは違うし,
ファンタジーとも違うし、幻想小説でもないし、純文学でもやっぱりない。これはもう、ケリー・リンクの小説だとしか言いようのない、奇想が横滑りしていく感覚が何とも楽しい。

余計わからないですか。
個人的な印象とすれば、ジーン・ウルフジョナサン・キャロルの中間地点にある気がした。全然違うかもしれないけど。ウルフほどの難解さはないが同じく「物語そのものを楽しむ」ということに非常に重点を置かれているように感じたのと、日常から飛ぶ大胆な奇想がキャロルの作品を彷彿とさせたので。ま、もっと単純に言えば「こりゃわたしの好み」な作品ってことだ。
日本では刊行されているのは「スペシャリストの帽子 (ハヤカワ文庫FT)」のみ。近いうちに読んでみよう。
スペシャリストの帽子 (ハヤカワ文庫FT)


「地上の働き手」(マーゴ・ラナガン
著者はオーストラリアSF界期待の星であるらしい。絶賛されたらしい短編集など日本ではまだ出てないようで。
死の際にいる祖母を救うため、怒りっぽい祖父からどやされて<天使>を呼びにいくことになった「おれ」。その天使というのがもう…史上最悪のヨゴレ系天使ではないかしら?W このユーモラスさは素敵。


「天使と天文学者」(リズ・ウィリアムズ)
プラーエとケプラーという二人の天文学者の「天使」をめぐる対立の顛末。ひたすら俗人であるプラーエと、良識と知的好奇心の板挟みで苦しむケプラー、というわかりやすい構図から一転、予想外のラストにニヤリ。楽しい作品だった。


「小熊座」(ジャスティナ・ロブスン)
テレポーテーションの実験によって、パラレルワールドに別れて生きることになった夫婦とその娘の哀しい物語。どれだけの時間が過ぎようとも、心の底で一縷の希望を捨てきれない、そんな思いがひたすら切ない。今回紹介された4作中、一番いわゆるSFらしい作品ではあるが、訳者によれば、この著者はもっとハードなSF作品が本来の持ち味であるらしい。日本ではこれが初訳とのこと。


というわけで、どれも短かったせいか4作全部読んでしまった。タイプは異なるが、どれもいい味わいの作品だったと思う。あとわたしは読んだことないが、来月日本で初めての短編集『遺す言葉、その他の短編』が刊行されるアイリーン・ガンという作家のインタビューやエッセイや書評がとても興味深く、ぜひ買って読んでみようと思った。著者自身はコピーライター→マイクロソフト→作家という、なんだか面白そうな人生。とくにマイクソフトは彼女が150人目の社員だったというから、会社が急成長を遂げる寸前だったのではないかしら。当時のエピソードなんかも興味深かった。短編集の発売が楽しみ。