ゆれる


テアトル銀座のレイトショーにて。この映画館、たぶん初めて来たんだと思うけど、膝掛けを貸してくれたり椅子の座り心地が良かったりしていいですね。
かなり期待していただけに、見終わった直後は満足半分、とまどい半分ってかんじだった。帰りの電車の中でも、駅からの帰り道も、家に帰ってパンフを見ながらも「何なのだろう」と考えさせられた。そのくらい余韻の残る作品だった。
母親の葬儀のため東京から戻ってきた弟・猛(オダギリジョー)と実家の商売を継いだ兄・稔(香川輝之)は、幼なじみの智恵子(真木よう子)と三人で近くの渓流に行った。前日軽い気持で智恵子と関係を持ってしまった猛は、自分も東京に行きたいと言い出した智恵子を避け、一人で散策に出る。そして少し離れた場所から、吊り橋を渡る稔と智恵子を目撃する。智恵子は直後、吊り橋から落ちて死亡した……。事件か事故か。猛の目撃した事実は? 失われたものは、壊れたものは、隠されていたものは何だったのかーーー?
オダギリジョーも香川輝之も、自分自身と役がかぶっているとインタビューで語るだけあって、驚くほどに意外性はない。逆に言えばハマりすぎていて、他の役者が演じるなんて考えられないほどなのだ。
オダギリ演じる猛は、東京で成功したフォトグラファーで、髪型も服装も乗ってる車もとにかくオシャレっぽい。ついでに吸ってる煙草はアメリカンスピリッツでそれが恰好いいのかどうかは疑問だが(それを吸ってるのは『踊る大走査線』の織田裕二以来な気がするので素直に格好いいとは言えない)、まぁラークやキャビンじゃないよね。まぁ、はっきりいって嫌なやつなのだ。インタビューにて「昔の友人が大学卒業後、地元に戻って就職したりすると“ちゃんと責任を取ろうとしてるんだな”って思うし、かなわないですよ」なんてことを言ってて、あぁそれは何の含みもなくそう言っちゃてるんだろうけど、その発言はとても猛っぽいなぁと思ったり。
一方で兄ちゃん演じる香川輝之はちょっと気持悪いくらいにまわりに気ぃ使い過ぎで「いい人」を絵に描いたようなタイプながら、物語が進むにつれその本音がじわじわと、もしくはピンポイントで相手を攻撃してしまう。香川もまた、「猛に対する悪意や復讐の仕方が、まったく僕の整理と同じだったんです」と語る。
ひたすら上手さを感じたのは香川輝之だったかも。背中ひとつですべてを物語ってた。とくに裁判所の最後のシーンで見せた絶望とも救済とも安堵とも見えるあの表情は最高。オダギリジョーも悪くはなかったが、あの「無意識な悪意」を全面に出すシーンがもっとあれば良かったのではと思う。
印象的なシーンはやはり洗濯物をたたんでるところと、最後の兄弟の接見のところかな。洗濯物のところのカマかけはわかりやすかったが、全体に漂う緊張感はただならぬものがあったし。最後の接見ではわざとカメラをぶれさせてるのはやりすぎではないかと思わないでもなかったが、さすがにひとつのクライマックスとしての迫力のあるシーンだったと思う。
ラストはそうくるなら、もうちょっと伏線張っててほしかった気もする。けど想像力が刺激される映画だった。薄皮をめくるように次々とあらわになる感情から目が離せない。内心わかっていても、もしくはわかっているからこそ、スリリングな物語でした。もう一度、じっくり観たいな。
ちなみに他のキャストも良かったです。稔と猛の父親役に伊武雅刀、伯父に蟹江敬三ってどんな濃い一家だ。その他では検事役のキム兄が存在感放ってました。裁判というシリアスなシーンなのになぜかみんなクスクス笑ってましたから。