口ひげを剃る男 (Modern & Classic)(エマニュエル・カレール)★★★★☆

口ひげを剃る男 (Modern & Classic)

口ひげを剃る男 (Modern & Classic)

初めて読むフランスの作家の作品ですが、最近よく参考にさせてもらってる「すみ&にえ」さまのとこで紹介されているのを読んで興味を持ったもの(http://park8.wakwak.com/~w22/739.htm)。だってタイトルが良くないですか? 題名だけでこれはフランスの作家の作品だろう、と当ててしまいそうな気がします(笑)。「髪結いの亭主」的なかんじで。
で、読んで驚きました。ホラーと言ってもいいのではないかと思うくらいに、狂気の心理サスペンス。
主人公の男は、長年変えることのなかった口ひげをほんの遊び心で剃ってしまう。まぁ似合わなくてもちょっとした笑い話になるだろうくらいに思っていたのだが、誰もひげを剃ったことに突っ込まないのである。同僚や友人も、仲の良い妻でさえも! しびれを切らした主人公が妻を問いつめても「あなたには昔から口ひげなんてなかった」と言うばかり。壮大にまわりを巻き込んだ妻の悪戯か、……もしくは自分が狂ってるのか? 疑念と確信、作られた記憶と正しい記憶、そして狂気と正気。ふたつの間で急激に揺れる男の疾走が迫力満点に描かれる。
同じく「記憶」をめぐる物語として、ちょっと前に読んだ中島京子の『ツアー1989』を思い出した。全然似てはないのだけどね。『口ひげ〜』はもはや美しいと思えるほどに暴走しちゃってるし、『TOUR〜』は反対にすごく繊細だから。でもどちらの作品も「記憶のずれ」に対する猜疑心や恐怖をじわりと感じるという点に置いて、共通するものがある。
しんとしてるのにエキセントリック。何というかもう、思いっきりフランスっぽい作品。いやそんなにフランス人の小説読んだことないけどさ、イメージ的に? めちゃめちゃ信頼できない語り手であるのに、主人公の視点がぶれないというのもちょっと新鮮だし。冷静に状況判断すればこの主人公の男がおかしいのはすぐにわかるんだけど、それでもこの主人公につい肩入れしたくなってしまう。信頼できない語り手には入り込めないのが普通なのだけど、そこはやっぱこの著者の上手さなのかなぁ。
ちなみにこの作品は著者自身が監督となって映画化されたしい。原作を読んだ印象では心理サスペンスがメインなので難しそうな気がするが、改めて思い返すと非常に映像化するにふさわしいエピソードが意外に多いので(恐ろしいラストシーンも含めて!)、もしかしたら著者にとっては先に絵が浮かんでくるような作品だったのかなとも思う。
まとにかく、読めば読むほどラストがどうなるのか気になって止められない作品でした。ごちそうさま。