ドラママチ(角田光代)★★★★☆

ドラママチ

ドラママチ

角田光代の最新短編集。
「コドモマチ」「ヤルキマチ」「ワタシマチ」「ツウカマチ」「ゴールマチ」「ドラママチ」「ワカレマチ」「ショウカマチ」……ここに収められた8つの短編のタイトルです。「マチ」は「待ち」なんですね。人生の中で<停滞>している女たちを描いた、角田光代らしい鋭さの光る一作だ。
例えば表題作の「ドラママチ」。6年付き合った恋人が、プロポーズもなしに実家に連れ帰って結婚する予定だと宣言し、それに苛つく里香子。結婚したくないわけじゃない。でもこのまま、何の緊張感もなくなったこの恋人と結婚して、自分はそれでいいのだろうかと迷いを感じる。

デートは買い出しになり、ディナーは夕ごはんになり、王子様は蛙になり、それがきっと私のドラマなんだろう。起承転結の、承をずっとリフレインするような、そんなドラマなんだろう。もし私があの老婆ほどの年齢になったとき、やっぱり外国みたいなカフェで、ひとりコーヒーを飲むのかもしれない。幸福なんて言葉を思い浮かべたりして、今までの日々を思い返したりするのかも知れない。そのとき私が見る光景は、西麻布の焼き肉屋で私の名を呼んだ華やかな男でもなく、その後のわくわくするようなデートでもなく、恋人と別れたからこれからはちゃんとつきあおうと言った英俊の真顔でもなく、スーパーの袋をぶら下げ無我夢中で走る、あの中野通りなのではないか。

それまでのエピソードがあった上ではあるけど、ここで泣きそうになったわたしは、昨日から涙腺が緩んでるのか。でも、すごくわかるのだ。刺激のない生活にうんざりしても、別れる理由も気力なかったり、「別れてもいいかも」なんて表面的に思っても、積み上げてきた二人の関係を捨てる気なんて実はみじんもなくて。リアルに深〜く深〜く共感してしまったわたし27歳はどうなんだ。その域に達するのは普通なのか早いのか遅いのか?
そんなことはさておき。続く「ワカレマチ」もいい。これは二世帯住宅ではあるが姑と同居している雅子の物語だ。この姑、「渡る世間は鬼ばかり」の赤木春恵も真っ青なくらい嫌みのカタマリのババァで、実の子供たちからももれなく嫌われているという、相当なツワモノ。もちろん現時点で一番の被害を受けている雅子も「死ねばいいのに」とまで思っているのだが、その姑がアルツハイマーになってケアホームに入居することに決まってから、心の中がもやもやし始める。自分はもちろん嫌いだし世話もしたくないが、実の子供たち(夫やその兄弟)が率先して「早くどっかの施設に入れちゃおう」というのはどうなのか、と複雑な心境になるのである。で、このラストシーンがまた、最高なんです。「子供が欲しい」ではなく「母になってみようか」と、そこにすべてが集約されているような気がして。また目が潤んじゃいましたよ。やっぱ松子後遺症か? 
良かったです。買って読んで良かった。最初読み始めたときは角田光代「らしい」作品だな、と思って、それは読み終えた今もそう思うのだけど。「らしい」路線はそのままに、でもこの作家はちょっとずつちょっとずつ前進しているように感じる。だからこの人の新作を買うのはやめられないのだ。