蜂の巣にキス (創元推理文庫)(ジョナサン・キャロル)★★★★★

ちょっと前に初めて読んだキャロルの短編集『パニックの手』や長編『月の骨』を絶賛したところ、次はぜひ『死者の書』を!とオススメされてもちろん読む気満々だったのだけど、……それが行きつけの本屋にないんだよね〜。我慢出来なくなったので、コチラを先に読んじゃいます。


物語の主人公はアメリカのベストセラー作家、サム・ベイヤー。ネタに詰まった彼は、少年時代に住んでいた町を訪れ、そこで過去に溺死体を引き上げたことを思い出す。渡りに船とばかりにそのネタに食い付いたサムは、その事件の顛末を追いはじめるのだが……。彼の執筆を急がせる怪文書、魅力的だが謎の多い恋人ヴェロニカ、謎が謎を呼ぶ事件の真相、そして新たな殺人事件。サムを操ろうとしているのは誰だ? 


読み終えてちょっと不思議な気がした。だってわりと普通のサスペンスミステリなんだもの。あの『パニックの手』で驚いたほどのユニークさは鳴りを潜めているかんじ。もちろん面白くないわけじゃない。ただ、単純にミステリやサスペンスの部分だけ見れば新鮮さは無いのだ。
だけどこの物語は面白い。その底にあるのはやはり、人間の描き方に尽きる気がする。繊細でリアル。サムが娘の初めてのボーイフレンドに嫉妬メラメラで会うシーンなんてクスッと笑っちゃうほどだし、徐々に狂気を帯びていくヴェロニカの言動も怖いだけじゃなくて理解も出来るし。それぞれ脇役までもひとりの人間として様々な一面を描いていて、それゆえに物語はどこまでも奥深く感じられるし、人間臭いキャラクターたちにも愛着が持てるのだ。
わたしは普段からミステリだとかなり速いスピードで読むのだけど、この物語はじっくりと楽しんだ。読み流す部分が無い。スリリングなミステリである一方で、素晴らしい群像劇のようにも読める。なんか、一粒で二度おいしい、みたいな。
わたしはキャロルの作品は3冊目だからまだよくわからないけど、きっとこの作品はキャロルにしては異色なほどに普通な作品(変な表現だ)じゃないかと思う。でもすごく面白かったし、逆に枠組みが普通なだけに上手さが際立っているような気がした。どんな人でも楽しめるタイプの作品だから、ファンタジーはちょっと苦手って人なんかも、この作品から読めばいいんじゃないかしらん。
早く他の作品も読みたいなぁ。