灰色の魂(フィリップ・クローデル)★★★★★

灰色の魂

灰色の魂

しばらく前に読んだ『リンさんの小さな子』が素晴らしかったので、過去の作品も手をつけてみます。


まるで遠くの国の物語のように感じていた戦争が日々近づいてくるなか、凍り付くような寒い日に発見された少女の死体……それは裁判所そばで営むレストラン<レピヨン>の看板娘だった。引退した厳格な検察官、その検察官の敷地にある小屋に住んでいた若き女教師、いかなる時も冷静な観察者であるべき「わたし」の皮肉な運命、そして「わたし」の同郷であり蔑まされる女性の証言……。
この物語は、本来ならミステリとして進むべきだ。材料は十分。でもこの作品では、一個人が抗うことの出来ないほどに大きな<戦争>という大きな力によって悟らされた、絶望が描かれる。これほど材料が用意されていながら、そこを追いかけないのは気力うんぬんではなく、追求する動機すら奪われてしまったせい。


この作品と『リンさんの小さな子』は一見異なるようだけど、実は同じことを訴えてる。すべての気力を失ってしまうほどの大きな力。日常も目的も尊厳すらも。戦争がどれほどひとりの人間に影響を及ぼすか、単なる戦争論では語れない、個人レベルの影響力を、切々と、この作家は描いてる。


小説なんて、社会に影響を及ぼすもんではない。でも、この人の小説を読んでそれを理解する人が、簡単に戦争に賛成するわけないとも思いたい。大好きな小説にそんな責任追わせたくはないけど、小説だからこそ伝えられるメッセージがある。この作品も、『リンさんの小さな子』も、完成した小説という形から滲み出る切なさを、読者のひとりであるわたしは受け取りながらもそれをどう扱っていいのか、まだわからずにいる。でも絶対に、忘れたくない物語だ。