日の名残り (ハヤカワepi文庫)(カズオ・イシグロ)★★★★★

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞ブッカー賞受賞作。

ここしばらくそればっかり言ってる気がしないでもないけど、また言いたい。カズオ・イシグロはすごいよ。
これはイギリスのさる名家に勤め上げた、プロの執事スティーブンスの追憶の物語である。非公式な国際会議を自宅で開催するなど政治に深いつながりを持ち人格者でもあった良き主・ダーリントン卿への忠誠、プロの執事とはかくあるべきとの信念、同じく執事であった父親との関係、女中頭であったミス・ケントンとの激しい応酬や淡い恋心、屋敷を完璧に切り回すことにすべてを捧げた充実した日々……。追憶はいつも切ない。
様々なエピソードの素晴らしさを取り上げ始めるとキリがない。キリがないけど、個人的に一番好きなのは、スティーブンスのお父さんの話かな。お父さんの現役時代の名執事ぶりを象徴するいくつかのエピソードも良かったんだけど、なんといっても第一線を退くきっかけとなった、あの小径を何度も往復するシーン。胸が痛くなった。
そしてそんなエピソードの主役でもある会話がいいんですね。とくにミス・ケントンとのやり取りは最高。これが名家に勤めるものかくあるべしってかんじのケンカなんでしょうか。ものすごく丁寧なんだけど、ものすごく辛辣。火花が散ってるのが読み取れました(笑)。一方で会話のないシーンでも、この二人は意地っ張りだ。たった壁一枚なのに。切ないじゃないの。
そんな主人公のスティーブンス、たしかにカタブツなのだが、意外に可愛いのが、新しい主(アメリカ人)との会話のために、一生懸命ジョークを研究してるあたり。<名家>や<品格>というものに対しても非常に柔軟な意見を持ってるし、たんなるカタブツではないのだ。ま、その柔軟性をミス・ケントンとの関係にも生かしてくれれば良かったのだけども。
そしてこの物語もまた、他のイシグロ作品と同じく構成が上手いですね。新たな主の許しを得て短い自動車旅行に出かけたスティーブンスが、その先々で出会う人々や新たな風景から、ダーリントン卿時代のさまざまな、本当にたくさんの過ぎ去った想い出が語られる。現在と過去が交錯して、物語はまたその奥深さを魅せてくれるのだ。
最後に、なんといっても特筆すべきはラストシーン。このラストシーンは、これまで読んだ小説のなかでもベスト5には入れたいくらいだ。素晴らしかったです。


しかしこのスティーブンスをアンソニー・ホプキンスが演じるなんて、映画版もぜひ観たくなった。それとともに未読のイシグロ作品も早く手に入れて読みたい。