終末のフール(伊坂幸太郎/集英社)★★★★

終末のフール
前作の『砂漠』があまり好みではなかったとはいえ、新刊を目撃したら速攻購入して読んじゃいますわね。だって伊坂幸太郎だもの。


だいたい、なぜわたしは『砂漠』が好きじゃなかったんだろう。わりと評判いいですよね。
いろいろ考えてみた。
わたしは伊坂小説の、ジャンルなんて超越しちゃうような、トリッキーで遊び心たっぷりな雰囲気が醸し出す、「隙のなさ」みたいなものがとても好きだったんだと思う。それが極まったのは『アヒルと鴨とコインロッカー』。その次に出た『チルドレン』『グラスホッパー』は微妙なラインだけど、その後の作品は、パズル的な技巧は抑えられ、あくまでオーソドックスなストーリー展開を重視する傾向がある。
だけど人間関係を正面から描く、というポイントに関しては、伊坂幸太郎は実はちょっと弱いのではないかと思う。下手ってほどじゃないけど。そしてそれをカバーしてきたのが<死神>であったり<超能力者とファシズム>という人を喰ったような大ネタだったんじゃないかしら。だから『砂漠』は大ネタがなかったぶん、粗さが目立ったように思えるのだ。
あまり賛同は得られそうにないけど、自分の中では納得がいった。OK。



で、この作品。
8年後に隕石が落ちて来て人類は滅亡する。ヨタ話のようなそんな<事実>が発覚して5年が経った。5年の間に地上は地獄になった。略奪、暴行、殺人、自殺……あらゆるパニックが人々を襲い、社会は機能不全と化した。しかし5年も経てばさすがに落ち着くのか、それとも嵐の前の静けさか、小康状態となった仙台のある街を舞台に、様々な人の生き方が描かれる連作短編集。


かなりストレートな作品だと思う。安易な大ネタを利用した上ではあるけど、人間そのものにがっつり向かい合った作品。短編集であることも関係あると思うけど、『砂漠』で感じたほどの<粗さ>は感じなかった。ただね、人間そのものにクローズアップすればするほど、<ネタ>が単なるツールのようにしかみえないわけ。その<ネタ>を入れることこそが伊坂作品だと言われればまったくそのとおりなんだけども。


でもこの短編集、悪くない。
この一冊の中で、伊坂幸太郎という作家の成長を読んで感じられるからだ。これは発表された順番通りに並べてくれた編集者にも感謝したい。
前半4編は正直、全然乗れなかった。それぞれの話のキーパーソンになる人物にまったく共感できないし、あと3年で人類が滅亡するという設定も生かされてない気がする。
だけど後半4編はすごくいい。とくに最後のなんて、設定を差し引けば平安寿子くらいのレベルの作品じゃなかろうか。連作短編集で、これほど印象が変わる作品も珍しいな、という作品だった。





「終末のフール」
家族に対して非常に威圧的な父親が主人公。息子は数年まえに自殺、娘も父親に見切りをつけて家を出た。終りまであと3年という今、娘が帰郷するという…。
納得できるようでできないような、微妙な家族小説。設定関係ないし。


「太陽のシール」
長いこと不妊に苦しんでいた夫婦が、この時期になって子供が出来た。でも生まれても3年の命。優柔武断な夫とあっけらかんとした妻は、生むべきか生まざるべきか悩むが…。
これは個人的な感情なんだけど、わたしには理解できない話。3年後に死ぬなら今死んだほうがいい?


「篭城のビール」
数年まえまでTVの情報番組にコメンテーターとして出演していた男のうちに、ある兄弟が拳銃を持って押し込む。それは過去のある事件がきっかけだった…。
きっかけとなったコメントがリアリティないんだよね。いくら傍若無人なマスコミでもそれはないって。そしてラストもちょっとあり得ない。なに握手してんだよ。。。


「冬眠のガール」
8年後に滅亡というニュースを聞いて自殺した両親に残された一人娘。 その娘の目標は「お父さんとお母さんを恨まない」「お父さんの本を全部読む」「死なない」。
男性作家の描く天然女キャラをどれほどわたしが憎んでるか知っての狼藉か。小説の入りは良かったのに、あまりの天然アピールに辟易。


「鋼鉄のウール」
外野に惑わされない信念。そして変わらぬ練習場。キックボクシングクラブに通った少年は、争乱の時を経て、いつしか青年になった。
憧れてやまない選手の信念を、父親の弱さを、そして何より自分の弱さを知った少年の葛藤が描かれる。これは素晴らしい青春小説。どうよと思わされる部分もなきにしもあらずだけど、これは好きだ。


「天体のヨール」
自殺を試みようとする中年男に、大学以来の付き合いの天文オタクの友人から連絡があった。20年前と変わらぬ友人に引っ張り回されるのだが…。
絶望のさなかに引っ張りだされた郷愁…このタイミングでの旧友の登場は、ベタだとは思わない。意外に現実はそんなもんだ。そしてラストもいいかんじです。


「演劇のオール」
女優になりたくて東京に出たが、結局地元に帰って来た女が主人公。この5年の間に様々な形で家族を失った人たちのために生きる。時には孫として、時には母親として、時には姉として、時には飼い主として、時には恋人として……。
ラストはまるで戦場の中のユートピア。そんな馬鹿な、という声は無視してこれはyesといいたいラストだった。


「深海のオール」
ヒマなレンタルビデオ屋の店長と、変わり者な父親の物語。
これがね、いいんですよ。素敵なエピソード満載。何より父親のキャラが最高です。



というわけで、後半に関しては非常にいいんですけど。
でもこれが伊坂幸太郎の小説か? と考えるとちょっと違う気がする。
でもいいや。同時代で追いかけられる作家だし。
いろいろ寄り道しても一定レベルは軽くクリアしちゃう作家だし、
今後も楽しみにしますよー。