チョコレートコスモス(恩田陸/毎日新聞社)★★★★★

チョコレートコスモス
恩田陸の最新作!
これがね、素晴らしいんです。なんていったって恩田版『ガラスの仮面』ですから!


ミステリでもファンタジーでもない恩田作品ってかなり久々じゃないかなぁ。『夜のピクニック』以来じゃないかしら。『夜ピク』は、夜通し歩き続けるという学校行事をたいした仕掛けもせず淡々と描いて読者を引き込む、そのストーリーテイラーぶりを見せつけた傑作だったけど、こちらは仕掛けゼロの派手なガチンコ人間ドラマ。『常野物語』あたりが著者にとってのホームなら、『夜ピク』やこの作品はアウェーになるのかも。でもね、<恩田陸>というフィルターを通せばどんな作品も完全なる恩田色に染まってしまう。そんなことを痛感した一冊だった。


bk1にあった版元によるあらすじ紹介文を引用。

恩田版「ガラスの仮面」ともいえる大河熱血演劇ロマンの誕生。
業界に名をとどろかせる伝説のプロデューサー芹澤泰治郎が、10年の空白を経て新作舞台を手がけるらしい…。そんな噂がかけめぐる演劇界で、中堅女優・東響子と天才新人女優・佐々木飛鳥が、それぞれの舞台で、幾度もくりかえされるオーディションで、手に汗にぎるはげしい演技を展開する。演じる者だけがみることのできる「向こう側」の世界へ…

視点をかなりくるくると変えているため、小説としてはもうちょっと複雑な印象があるけど、基本的なあらすじはこの紹介文そのまま。


つまり東響子が姫川亜弓なわけですよ。両親ともに役者で、当たり前のように女優になっていたサラブレッド。ただし単なる『二世」ではない。TVや映画で活躍する一方、舞台で地道に演技力を磨いてきた「天才」でもあるのだ。ただ20歳を過ぎて彼女の中に迷いが生じていた。自分は本気で演技にぶつかる覚悟がないのではと……!?
で、佐々木飛鳥が北島マヤなんですよ。演劇は未経験であったにも関わらず、飛び入り参加した小劇団のメンバーを驚愕させるほどのエチュードを見せる。役者として図抜けた演技力、想像力、記憶力に加え、しなやかな身体能力を持つこの少女の引力に、まわりが巻き込まれてゆく…。


既視感ばりばりなエピソードもある。たとえば飛鳥が所属する小劇団の公演で、彼女の存在感があまりに強すぎたために<舞台>が壊れてしまう。手元にないので詳しくはわからないけど「ガラかめ」でも、大女優が座長の劇団の舞台に参加したマヤを、「あの子が出ると舞台が壊れるから出さない」と言うシーンがありましたね。また、ベテラン女優でも安全策に逃げ込まざるを得ない過酷なオーディションのエチュードで、飛鳥が独創的な演技プランを即興し観客を魅了、そしてそれを見た響子が自分が手に入れることが出来ない途方もない才能の存在を知って苦しむシーン。これなんて「ガラかめ」の色んなシーンがかぶる。他にもいろいろあるんだけどね。一度見ただけですべてのセリフと動きを記憶してしまう飛鳥、飛鳥のとんでもない才能を目の当たりにしても受けて立とうとする響子…とか。
演劇界を舞台に二人の「天才」女優がぶつかり合う物語…となれば似てもしょうがないのか。というかここまで来ると、下手に避けるより思い切って正攻法でぶつかった確信犯的な著者の試みもうかがえる。


そういう「ガラかめ」ネタは尽きないのだが、かといって「パクリじゃん」と簡単には言えない魅力がこの作品にはある。とくにエチュードやオーディション含め数ある演技シーンの素晴らしさと言ったら! もともとこの著者は小説における「劇中劇」が得意な人。とてつもなく緊迫感溢れる演技シーンの連続で、途中でページをめくる手を止めるのは不可能なほど。
そしてこの物語はかなりストイックだ。芸能界といえば俗っぽさがつきもので、そのなかでも演劇という舞台は確かにストイックではあるけど、その中でもさらに果てなき『上』を目指すものにだけ、スポットが当たっている作品。その栄えあるスポットに照らされた人間たちですら、演劇に関すること意外のエピソードはほとんど描かれない(主人公二人は簡単に生い立ちが描かれるが)。
でもそのストイックさが生み出した純度こそが、この小説の最大の魅力であると思う。その純度ゆえに、時代設定は現代でしかも芸能界が関わる世界なのに、この物語は「別世界」だ。逆に言えばどんだけ俗っぽい話でも<恩田ワールド>に持っていけるだけのテクニックがあるんだよなぁ、この人は。


というわけで。
「ガラかめ」好きな人はもちろん楽しめる作品。「ガラかめ」読んだことない人は、もっと楽しめる作品かもしれない。なにせ題材は一周して新しいくらいだから。賛否両論ありそうな作品ではあるけども、恩田陸ガチガチなストーリー。<ホーム>系の作品ではさんざん言われて来たラストのぐだぐだもないし。
とにかく「読んでみなよ」というしかない作品。もしこれで面白くないというのならば、他の恩田作品もガラかめも読まないほうがいいだろう。