ママの狙撃銃(荻原浩/双葉社)★★★★

ママの狙撃銃
荻原浩の作品はちょっと久しぶり。というか前作の『あの日にドライブ』を途中で放り投げただけで、それまでのは全部読んでるんですけどね。でもここ最近わたし的にずっとアタリがなくて、これも読もうか読むまいか悩んだ。
で、失礼承知で言いたい。
荻原浩、久々の傑作です。

福田曜子はふたりの子を持つ主婦。
夫の考平は中堅企業のサラリーマン。
ふたりは、ごくふつうの恋をし、ごくふつうの結婚をしました。
ただひとつ違っていたのは……。

タイトルがタイトルだけにこれはネタバレではないと踏んで言っちゃうと、ママ、もとスナイパーなんです。プロの暗殺者であった祖父にたたき込まれた習慣は今も抜けないままではあるが、すべては過去のことと割り切って平凡な専業主婦として生きる曜子。ところがある昼下がりにかかってきた一本の電話が、彼女を一気に過去へ引き戻す…。

設定がたまらないよね。庭いじりしてるところに<依頼>の電話がかかってくるんですよ? 家族のシーンがかなり丹念に描かれてるだけに、そのギャップの激しさにぐいぐい引き込まれてしまう。
<主婦>と<暗殺者>…自分の中にあるまったく正反対な一面の間で揺れる苦しみと、ただならない緊張の糸が物語の隅々まで行き渡って、でも重苦しくはないんだよね。
この意外な爽快感は、これまで隠されてきた<本当の曜子>のキャラのおかげかも。あまりでしゃばらないけど芯は強い女…なんていうと単なる男の妄想だけど、その芯の強さはそこらへんの男が束になってかかって来てもかなわない強さなんだから。祖父からもらった自分を守るための強さは、いつしか愛するものを守るための強さになった。そして強さを知ってるからこそ優しくなれる。そんな曜子がカッコいい。
娘のクラスメイトに対してはちょっとやり過ぎだろ…と突っ込みたくもなるが、まぁこれも母性あふれる行動ってことで(イヤでもちょっと怖すぎだけどね)。ま、そのシーンはさておき、後半に様々なほころびを見せる家族に対する曜子の<心の強さ>がこれまた頼もしい。家族の弱さを受けとめ、そして再び前を向かせるために尻を叩く。母は強し。こんだけの度量を持った女はなかなかいませんよ。

…というわけでサスペンス性に富んだ、ちょっと物騒な家族小説だ。ここ最近の荻原作品ではピカイチ、トータルでもかなり上位に食い込む作品。ドキドキハラハラ&心があったかくなるという、ジャンルミックス的な荻原ワールドを久々に堪能させていただきました。