防風林 (講談社文庫)(永井するみ/講談社文庫)<28>

防風林 (講談社文庫)
18歳で札幌から東京に出てきて、大学を卒業し職も得て家族もできた…そんな順風満帆だったはずの周治の人生が変わってしまった。勤めていた会社が倒産したのである。東京での再就職も可能であったが、夫と死別した母親が入院中という事情も鑑みて、周治は故郷に帰ることを決断する。娘の教育に熱心な妻はいい顔をせず、とりあえず年度が変わるまではという約束で妻子は東京に残ることに。ひとり札幌に戻った周治は母の病室で、昔近所に住んでいた年上の女性・アオイと再会する。何度か会ううちにアオイから衝撃的な事実を知らされたー周治が幼いころ母親には恋人がいたと…。さらにアオイは死期が迫る母はその男に会いたいのではないかと、周治をけしかける。アオイの言葉を否定したくて、男を探しはじめる周治。雲のように消えてしまった男の足跡をたどりながら、周治に忘れていた幼き日の記憶がつながりはじめる。アオイが本当に知らせたかったことはなんなのかー弱りゆく母親を前に必死に真実を探し当てようとする周治だったが…。
解説でも触れられているとおり、「業界」ネタでもなく主人公が男性であるという点において、他の作品とは明らかに「異なる」作品だ。でも永井作品に共通して印象的に描かれる「一瞬の心の闇」がこの作品でも随所に見られる。ラストのラスト、周治だけがふと気付いてしまったすべての「はじまり」は、この物語を締めくくるにふさわしいエピソードだった。またアオイに翻弄され東京の妻との関係は悪化しそれでも母親の過去を探し続ける周治の物語と平行して、母親の恋人であった男が視点となった過去の物語が挿入され、読み手をあおるサスペンスとなっている。人間関係も丁寧に描かれているし、全体のバランスもよい、満足な一冊でした。


作品にはまったく関係ない話。タイトルの「防風林」は寒い地域で風をさえぎるために木が植えられた国有林のことらしいが、わたしの地元には松原がある。潮風から農作物を守るために松が植えられてるのだ。その長い松原の切れ目のとなりにわたしの通った高校があって、つまり守ってくれる松もなく浜に面した学校でかつ校舎が古くすきま風ビュービューだった。ゴムのついてない木枠の窓の隙間にプリントを折り畳んで風の侵入を防いでいた。ふと排水溝を見ると小さなカニがいた。それだけ。