凍(沢木耕太郎/新潮社)<36>

凍
実は…あまりにも有名なノンフィクションライターである沢木耕太郎の作品を手に取るのは、今回がはじめてだったりします。もうちょっと年をとってから読もうかなと漠然と思ってたところ、熱心な沢木ファンである母親からせっつかれ、とりあえず評判の良いこの新刊を(いや、多分他の作品も評判いいだろうけど)。

最強の呼び声高いクライマー・山野井夫婦が挑んだ、ヒマラヤの高峰・ギャチュンカン。雪崩による「一瞬の間」は、美しい氷壁死の壁に変えた。宙吊りになった妻の頭上で、生きて帰るために迫られた後戻りできない選択とはー。
フィクション、ノンフィクションの枠を超え、圧倒的存在感で屹立する、ある登山の物語。

おっそろしー話読んじゃったな…というのがまず正直な感想。クライマーというのは、山に魅せられた人というよりは、山に狂った人だと思った。何度死の淵に近付いても、決して登山への情熱を捨てないのである。この奥さんなんてすでに登山中の事故によって18本の指を失っているのである(根元からではないが)。そんな人いるか? なのにその後も登山を続け、女性クライマーとしては世界的にも有名な存在になっちゃってるのだ。だんなも然り、世界で10本の指に数えられるクライマーで、たしかに最強のカップルだ。その二人が挑んだあまりにも厳しいアタックには、言葉も出てこない。
ギャチュンカンへの旅を軸に、二人がそれぞれ登山に目覚めたきっかけやさまざまなアタック、また二人の出会いや夫婦としての生活などが、シンプルな文章で描かれる。過度にドラマチックな効果を期待しない、そんな描き方がよけいにリアリティを感じさせる。これがこの人のスタイルなんだろうな。後半なんてほんっと恐ろしかったもの。暖かい部屋の中にいるのに、足の指先が冷たくなって…(単に冷え性だという意見もある)。読むにつれて凍傷の恐ろしさがひしひしと伝わってきて、靴下のなかでもぞもぞ動かし続けてないと読み続けられない。体の一部を失ってもなお消えない山への思い。それは情熱とも呼べるし狂気とも呼べる。どんなジャンルであれ世界の頂点にまでのぼりつめる人には、多かれ少なかれ備わっているものでもあるんだろう。
そこらへんのホラー小説なんかより全然恐くて、そしてのめり込まされる、傑作ノンフィクションです。