魔王(伊坂幸太郎/講談社)<24>

魔王
はいはい、きちゃいましたよ〜伊坂幸太郎の最新刊。しかもこれまでの作品と比べると、かなりの異色作!? これまでのトリッキーなミステリのファンにとってはかなり意外な作品だろう。それにしても”読書の秋”とはよくいったもんで今月は好きな作家の新刊が目白押しで嬉しいんだけど、ホント嬉しいんだけどね? どんどんお金がなくなっていきますね。
ま、それはさておき…

政治家の映るテレビ画面の前で目を充血させ、必死に念を送る兄。山の中で一日中、呼吸だけを感じながら鳥の出現を待つ弟。人々の心をわし掴みにする若き政治家が、日本に選択を迫る時、長い考察の果てに、兄は答えを導き出し、弟は直観と呼応する。
ひたひたと忍び寄る不穏と、青空を見上げる清々しさが共存する、圧倒的エンターテイメント!

表題作「魔王」の主人公は、純粋で理屈っぽいサラリーマン・安藤。ある偶然により、自分が念じた言葉を他人に言わせることができる能力を自分が持っていることに気付く。その続編「呼吸」の主人公は安藤の弟・潤也の妻である詩織。東京から仙台に移ってから(本当は違うきっかけなのだがネタバレなので)、なぜか潤也は絶対にジャンケンで勝つ体質に…。
そしてこのふたつの物語に大きな影響を与えるのが<変容する日本社会>だ。中国、そしてアメリカへのフラストレーションが高まる日本において、カリスマ的な若き政治家・犬養が注目を浴びはじめる。それまでの政治家が色あせるほどに、強気な発言とそれに伴う実行力によって、彼は日本中を熱狂させ、そして首相まで駆け上る。そう、かつてのムッソリーニのように。
これを読みながら頭に浮かんだのは「思考停止」という言葉だ。これは森達也の著作でもよく出てくるのだけど、でもたしかに、彼のドキュメンタリー映画「A」を見た時は鳥肌が立ったものだ。人ってこんなに簡単に考えることをやめてしまうんだと、ただひたすら恐ろしかった。
だけど安藤は考えることをやめない。習性に近いものではあるとはいえ。

あやふやな空気の流れる、傍観と無責任の蔓延した今の世の中に、断定口調がとても心地よく感じられるのは、認めざるを得なかった。
考えろ考えろマクガイバー。俺は自分の頭を必死に回転させていた。

この小説はたしかにファシズムの持つ恐ろしさを感じさせるが、あとがきで著者が語っている通り、それがテーマではない。自分の中にあるサムシングを信じ続ける兄弟の物語だ。下手したら重くなりがちな題材を、伊坂幸太郎らしい巧みな話術とオカルトチックなエピソードで昇華させてる。上手いです。そして、面白いです。