Bランクの恋人(平安寿子/実業之日本社)<23>

Bランクの恋人
家族、友達、恋人…さまざな関係を描いた平安寿子らしい、最新短編集。
一番好きなのは「アイラブユーならお任せを」だ。
自転車屋を営む主人公の信友は、敬愛する落語の春風亭柳昇師匠の教えに従い、子供の頃から「愛してる」を口癖にここまで生きてきた中年男だ。その教えとは、「愛してる」ということを口癖にしてしまえばいざというときにもさらりといえるので家庭円満だ、というものだ。たしかに、女性にとってはたとえ口癖であっても言われないよりかは言われたほうが嬉しい言葉ではある。その教えを実践し、凡庸なルックスでありながらそこそこモテていた信友だったが、いかんせん優柔不断で結婚相手が決まらない。業を煮やした母親が見合いをセッティングする。そのときの見合い相手が現在の妻・おゆきさんだ。
おゆきさんは美人だが仕切りたがりのきつい性格が災いして縁遠かった。そんなおゆきさんを気に入った信友は、見合いのあとそば屋の落語に連れて行く。演目は『たらちね』、独り者の男が世話好き大家の紹介で嫁をもらう話で、偶然ながら他人事ではない話だ。おゆきさんはクスリとも笑わぬまま、ふたりは店をあとにする。気に入らなかったかと気をもむ信友におゆきさんはぽつりぽつりと話しはじめる。笑うのが苦手なこと、今日のお見合いも嫌々だったこと、落語に興味はないが口をきくのも面倒なのでだまってついてきたこと…

「でも」おゆきさんは、続けた。
思いがけず噺に引き込まれた。「嫁が来る!」と大喜びで普段は行かない風呂に行き、まだ見ぬ新妻と差し向かいでご飯を食べる場面を想像してやにさがるくだりで、泣けてきたというのだ。
「え、あの、嫁の箸が茶碗に当たってチンチロリン、タクワン噛む音ボーリボリ」信友氏が思わず再現すると「こっちは男らしくガンガラガン、タクワン噛むのもバーリバリ」おゆきさんが後を続けた。
チンチロチンのボーリボリ、ガンガラガンのバーリバリ
二人は声を揃えて、復唱した。

笑う場面なのに、向かい合ってご飯を食べるということだけで喜ぶ男の姿にじんときたらしく、さらに新妻が言葉遣いが上品すぎて通じないのを「傷がある」と仲立ちの大家に指摘されるあたりでは、まるで自分のことのようだと悲しくなったらしい。そんなおゆきさんに信友は「じゃぁ、その、僕たちもやってみますか。チンチロチンのボーリボリを」とプロポーズめいたことを言うのである。
そして現在、アルバイトしの奥手の青年が近所の薬局の娘に恋し、それを仲立ちしようとする信友。ところが逆に信友がアプローチされるも信友はそんなに浮き足立たず、昔とは違うんだなぁとがっくりする。そしてなにげにそのことをおゆきさんに報告するのだが、そこからの二人の会話のシーンがこの物語のクライマックスなので、読んでのお楽しみということで。でもそのラストシーンと同じくらい、ふたりの初デートの話がわたしはとても好きなのである。


その他の短編もいいのだが、ただ順番としてちょっと後味の悪い作品が一番最後に来てるのが残念な気がした。