厭世フレーバー(三羽省吾/文芸春秋)<12>

厭世フレーバー
このタイトル、この装丁、そしてこの帯の文句ー

俺がかわりに殺してやろうか
父親が失踪。全力疾走のはてに少年は血の味を知ったー

あの…これ中身、家族小説なんですけど…?


豪快で型破りな父親がリストラを機に失踪したー。残された家族たちもいやおうなく変わってしまう。中学二年生のケイは、中学卒業とともに家を出ようと陸上部を辞めて新聞配達をはじめる。目立たずに生きることがモットーの17歳・カナは、さびれたおでんやで深夜までバイトするように。27歳の長男・リュウは急に家長の意識に目覚めて、家族の生活費を稼ぎだす。そして42歳の母・薫はほとんどの家事を放棄し酒浸り。そして73歳の祖父・新造の認知症が進行し…。
日常が崩壊した家族の、ふたたび現実に向き合うまでの混乱の日々を、5人それぞれの視点から描かれた連作短編集。これがすごく良かった。今年読んだ家族小説の中では一番かも。
この家族がいいんだよね。仲のいい家族ではないんだけど、妙にみんなさばさばしてて、根っこのところではお互い信頼しあってる。だから父親の失踪というとんでもないことが起こったにしては変な悲壮感はないし、他の家族のことを真剣に心配してるわけでもない。だから家族小説といっても、主に描かれているのは、それぞれの心の中での自分との闘いだ。そしてそんな家族のいい雰囲気をつくり出したのが、他ならぬ父親なんだよね。家族たちの回想で描かれる父親は、昔から馬鹿なことばっかりしてて父親になってからも相変わらずで、でもすごく愛されるキャラ。言ってること超おもしろいし。
取り上げるときりがないくらいそれぞれのエピソードがいいし、全体のバランスもいいし、ラストもいいし、キャラもいいし、この人二作目にしてすごくいい作品出しちゃったんじゃない!? 平安寿子の『グッドラックららばい』とか好きな人は絶対好きだろう。ま、実際ちょっとかぶってるしね。
それにしても不可解なのが帯の文句だ。タイトルとカバーも違うとは思うんだけど、帯ほどじゃない。全然作品の雰囲気に合ってないし。まだ二作目なんだし、パッケージは重要よ? これから読む方、誰も死にませんから。むしろ心が温かくなるような小説です…。