母子寮前(小谷野敦)
- 作者: 小谷野敦
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2010/12/16
- メディア: ハードカバー
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レントゲンで肺に影がうつったので検査入院をすることになったという、母からの電話で物語が始まる。とても誠実とはいい難い対応の病院、むしろ病気ではないかと不安になるほどのひどい態度をとり続ける「父」、みるみる病魔に冒されていく「母」、そして「母」と「私」の思い出、もとより神経質な性格を想像させる「私」から見た、かなしみに満ちた「最後の日々」が描かれる。
親を愛せないのはあまりにかなしくて苦しい。どうしたって他人にはなれないから。両親ともに愛せないならいっそ縁を切ったように生きるのも可能だろうが、この小説の「私」のように「母」との結びつきがつよければ一番つらいパターンだろうと想像する。なのに死ぬのは、「母」なのだ。
大切な家族の死は、これまでもたくさんの小説に書かれ、現実に今も誰かがそれを経験している。手あかのつきまくったこの題材だが、この小説からはシンプルに感じるのは、大切な家族の死とはどういうものか、どういう類いのかなしさなのか、ということだ。こんなに大事な人が死にかけていても、「父」は最後まで非常識きわまりなく、「私」は再婚したりして人生の転機を迎え、病院の連絡系統はどうもおかしいのだ。それがかなしい。母の死は一大事であるけど、それ以上でもそれ以下でもないことが、それを知ってしまうことが、かなしい。そしてそういうことが、「死」そのものなんだろう。
久々にぐっと来た(泣けるという意味ではないですよ)小説でした。