無銭優雅(山田詠美)

無銭優雅

無銭優雅

『PAY DAY!!!』以来、およそ四年ぶりの長編です。

「心中する前の日の心持ちで、つき合って行かないか?」
人生の後半に始めたオトコイ(大人の恋!?)に勤しむ、四十二歳の慈雨と栄。
二人は今、死という代物に、世界で一番身勝手な価値を与えているーーー。


四十二歳ってどんな世界なんだろう。


無駄なものをそぎ落として恋愛を楽んでる二人はまさに「無銭優雅」な世界。恋愛スタート時ならではのラブラブ度は濃密なのに、同じくその時期につきものな「不安」に苦しめられることもなく、まわりにあきれられるくらい二人は恋を謳歌してる。もちろん四十二歳という世間的イメージからすればどこか頼りない、二人の似たキャラあってのこと。慈雨はずっと独身で今も親と同居、友人と花屋を共同経営してる。一方の栄は予備校講師でバツイチの一人暮らし。どこか「はぐれもの」な雰囲気をかもし出す二人の出会いはまさに運命? でも四十二歳という年齢は必然だったのかも。10代ほどの無邪気さをもちながら、恋そのものを味わい尽くす余裕をお互い持てるなんて!


そんな浮世離れした世界の住人の二人だけど、「リアリティ・バイツ」は避けられない。うんざりするほどラブラブ一辺倒な二人に噛み付くのは、二人がそれぞれに重ねて来た時間。慈雨は老いをリアルに感じさせる父母、栄にとっては辛い記憶とともにあるもと家族。「リアリティ・バイツ」は若者のものではない。むしろ年を取ればとるほどに直面させられるものなのかも。


ぶっちゃけて言うと、最初に読んだときはちょっと退屈に感じてしまった。慈雨と栄の家族に関するゴタゴタが入ってくるまではひたすら二人のラブラブだし、会話以外はほぼエッセイみたいな文調でひたすらエイミイズムあふれる恋愛論が垂れ流されてる感じがして。


だけど「リアリティ・バイツ」を書ける作家はたくさんいても、「無銭優雅な恋」を同時に書ける作家なんて他にはない。望んでも手に入れられないものと、望んでももとには戻らないもの、それがこの小説の中にあって、さらにそれが山田詠美の小説であることに驚いた。たぶん『PAY DAY!!!』や『A2Z』に比べると印象が薄くなりそうな本作ではあるけど、個人的にはあらためて、山田詠美は生涯現役恋愛作家であると感じる一作でもあった。


山田詠美の小説を初めて読んだのは高校生のときで、こんなふうに年をとっていきたいと思ったものだ。でも一生追いつけそうにない。