スロウハイツの神様(上) (講談社ノベルス) スロウハイツの神様(下) (講談社ノベルス)(辻村深月)

スロウハイツの神様(上) (講談社ノベルス)

スロウハイツの神様(上) (講談社ノベルス)

スロウハイツの神様(下) (講談社ノベルス)

スロウハイツの神様(下) (講談社ノベルス)

辻村深月の最新刊!楽しみにしてました。ただわたしにとって、この人の作品の困ったところは読み始めたら絶対に止められないということ。今日も帰ってとりあえず仕事を片付けてから読もうと思っていたのに、誘惑に負けて読み始めたのが最後。やっぱりかの一気読みでした。


今度の作品は、あえてジャンル分けするならミステリでもホラーサスペンスでもないんです。なんと青春群像小説。ミステリの枠で収まる人ではないと前から思ってたので、とても嬉しい。だけど基本テイストは変わってないんですよね。こんなにも優しい青春物語なのにページをめくる手が止まらないエンタメ性が備わってる、この作品が現時点での辻村深月の最高傑作だと思う。


タイトルにもある「スロウハイツ」とは、売れっ子脚本家の赤羽環がオーナーである古い旅館の部屋を格安で友人たちに貸している、いわゆる下宿のような共同生活の場だ。
三階は、オーナーである環。
二階は、201に環の親友であるエンヤ、202に中高生に大人気の小説家・コーキ、303に漫画雑誌の編集長でコーキの担当でもある黒木。
一階は、101に漫画家の卵である狩野、102に映画監督を目指す正義、103は画家で正義の恋人であるすみれ。
ほぼ全員がクリエーターという、まさにときわ荘。ただこの<スロウハイツ>の手塚治虫は、オーナーの環でなく下宿人のチヨダ・コーキだ。中高生に多大なる影響力を持つ彼の小説は<チヨダブランド>としてさまざまなメディアを巻き込んでブームになるが、彼の小説を模倣した悲惨な集団自殺が起こってからバッシングの嵐に晒されるという過去を持つ。その事件により数年小説は書けなかったが、復活したコーキの小説は再び多くのファンを獲得し、もちろん<スロウハイツ>ナンバーワンの稼ぎ頭だ。


余談だがこのチヨダ・コーキは、現実の様々な作家がミックスされてるような気がする。中高生に熱狂的なファンが多く、物語は一見残酷でありながらも深い人間性や風刺が含まれているとなると、なんとなく乙一を思い出したり。コーキの小説をもとに、殺し合うという手段で集団自殺した事件は『バトルロワイヤル』っぽいし。そしてある少女のコーキの小説への傾倒ぶりも、綾辻作品大好きな著者のファンとしての気持ちが下地にあるのかなと思ったり。


ま、そんな勘ぐりはさておき、この小説の面白さは同居人たちの人間関係である。もとは友人であったり恋人であったりと近しい関係ながら、それぞれが一人のクリエイターであることが、微妙な距離を生み出しているのだ。このスロウハイツの住人たちは基本的に皆いい人で、仲間のことをとても大事に思っている。でもその成功を、手放しでは祝えない。仲間の気持ちを思うがゆえに、スロウハイツの心地よい空間を守りたいがために、言えないこともある。優しさが、ときに問題を複雑にしていく。


そして最終章「二十代の〜」の伏線回収は見事。置き去りにされたかに見えた小さなエピソードたちが繋がっていく様は、読んでいて気持ちいいったらありゃしない。おぼろげながら予測してた部分もあるけど、それ以上にあの会話もあのエピソードも繋がっちゃうんですよ。そしてそんな馬鹿なと思いつつも、二人のどこまでも純粋なラリーにウルっときちゃうんだな。


才能へのリスペクト、クリエイターとしての意地、仲間への優しさ、ひた隠したい愛情……すべてがごった煮のようで実は周到に伏線が張り巡らせられている作品。著者の今後がますます楽しみになる作品でした。