東京公園(小路幸也)★★★★☆

東京公園

東京公園

主人公はカメラマン志望の大学生・ケイジ。撮りたいテーマは「家族」なのでよく公園で被写体を探すのだが、ある日身なりのいい男性から声をかけられ妙な依頼をされる。公園巡りが趣味の若妻と娘を尾行して写真を撮ってくれないかと……。真意の見えない依頼、謎めいた若妻の行動。サスペンス的な要素でぐいぐい読者を引っ張るも、一方でケイジがこの仕事に没頭するにつれ動き出す、彼をめぐるあたたかな人間関係がストーリーを盛り上げる。

東京バンドワゴン』『キサトア』と続けてこの著者の新刊を読んでるけど、ハズレがない。今作はファインダー越しというちょうどいい距離感が、その実悲鳴のようなモデルの願いを優しく包む。「どうしようもないこともある」という現実はそのまま、それを受け入れる柔らかさがこの物語の最大の魅力かもしれない。


ちょっと気に入った部分。
ケイジの同居人であるヒロと出会った頃の回想から。

十一時に学食を出る前に、僕は彼が広井博司という冗談みたいな名前で親しい女の子には<ヒロヒロ>と呼ばれ、ここの学生ではなくて、貧乏なので安い学食をよく利用していることを知った。
ライターもやってるしグラフィック・デザイナーでもあるしインディーズでアルバムも出しているからミュージシャンでもあることは。その次に会ったときに。
「でもどれもまだ途中なんだよな」
僕より三つ上のヒロはよくその言葉を使う。まだ途中だと。
その言葉を僕は気に入ってる。

自虐的に「どれも半端なんだよな」って言うんじゃなくて、「どれもまだ途中なんだよな」っていうのはいいなぁ。
漫画の『リアル』最新刊でも、主人公の野宮が同じようなことを言ってて、どこかにある自分の道を見つけたらそこから何かがスタートするということではなくて、イマイチだろうと中途半端だろうと今の自分が未来の自分へつながるんだと。「自分探し」というキモチワルイ言葉が市民権を得て久しい今、こういう真っ当な考え方が新鮮に感じられるのはムナしさも感じる。


もうひとつ。ケイジ&ヒロの家に遊びにくるちょっと変わった女の子・富永の問い。

それをやっていて楽しい?
それは何のためにするの?
どうしてそうしようとしたの?
どうしてみんな何かになろうとしてるの?
それは、どうしても必要なことなの?

もし自分にこういうストレートな質問が向けられたら、「まー仕事は生活のためにしなきゃなんないし、するからには自分に向いた仕事を選びたいというかなんというか……」とモゴモゴしてしまいそうだ。


というわけで、一つの小説としてとても面白いのだけど、加えて自問させられるという濃い内容でした。ちょっと遅くなったけど、読んで良かったです。未読の作品も読まねばー。