孤独の発明 (新潮文庫)(ポール・オースター)★★★★★

孤独の発明 (新潮文庫)

孤独の発明 (新潮文庫)

詩人や翻訳家として活躍していたオースターにとって、散文作家としての出発点となったのが本書である。自伝的な色合いの濃い散文だが、処女小説であるとも思う。
第一部「見えない人間の肖像」は父の死をきっかけに、主人公がたどりはじめた父と家族の記憶が描かれる。そして第二部「記憶の書」では、父親と自分自身のそれぞれの人生と、その記憶と感傷をベースに、数多くのエピソードを引き合いに、かつ著名な作品を多数引用しながら、「記憶」とは「孤独」とはなにかと突き詰めようと試みる。
なんなんだろう、このバランス感覚。一人の人間が探れる最大の入れ物である「自分」の内面に深く入り込み丁寧に抽出しながら、一方では限りない外の世界から、これ以上もこれ以下もないという適切なエピソードを選びとる。自分自身の経験から、自分の内面へ、そして深い思索をわかりやすいエピソードと関連づける。どれだけ考え続けたらこんな文章が書けるのか。
そして全体から見た物語の調和の美しさにも驚く。時系列はバラバラで細切れに、過去の記憶、現在の思索、夢の内容、物語の引用にポンポンと飛んで、雑多な文章の集合体のようにみえる。まさに「散文」っぽいかたちなのだけど、でも実は心地よく物語は流れている。
つまり「バランス」と「調和」は同じなのだ。それは「伝える」ためのもの。容易には把握できない「なにか」を表現する「言葉」を探して、さらに読者が理解しやすい共通イメージに関連づける。その作業そのものとその作用を間近で感じられる作品であったようにも思う。
『ティンブクトゥ』『リヴァイアサン』に続いて個人的にはオースター三作目で、どれも良かったのだけど本作が一番衝撃を受けた。わたしの貧困な文章ではその衝撃を伝えることもできなさそうだけど。とりあえず今年中にあと4〜5冊くらいは未読本を読みたい。