スペシャリストの帽子 (ハヤカワ文庫FT)(ケリー・リンク)★★★★☆

スペシャリストの帽子 (ハヤカワ文庫FT)

スペシャリストの帽子 (ハヤカワ文庫FT)

SFマガジン」の今月号に掲載されていた短編がとても気に入ったので(http://d.hatena.ne.jp/juice78/20060825)、さっそく今のところ唯一訳出されている短編集を読む。


おおお……これは、なんとも説明しづらいなぁ。面白いんです。でもその面白さを上手く説明できない。というわけでこれまた柴田元幸氏による解説から引用。

二十一世紀にはいる少し前あたりから、アメリカの若い女性作家たちの書く短編小説が急激に変わって来たように思える。
一口にいえばそれは、「子供のころの体験の比較的率直な回想」「家庭生活・結婚生活のひとまず現実的な描写」といった「リアリズム小説」から、「ほとんど子供の妄想をそのまま膨らませたかのように見える非リアリズム小説」への移行である。(中略)
自分の体験に基づいて小説を書くことから出発した場合、体験を一通り書いてしまったあとどうするか、である。(中略)
そして、ローリー・ムーアを例外としてやや行きづまった感のあったアメリカ女性短編小説が、数年前から突如大きく変容し、まったく新しいタイプの作家たちがぞくぞく登場しているのである。(中略)
ほんの十五年前には「みずからの体験に基づくリアリズム小説こそ純文学」という暗黙の前提に誰もが従っているように思えたのがまるで嘘のように、才能ある女性作家たちがこぞって奇談珍談を書いているのである。
そうした流れのなかで、最も才能豊かな書き手を一人挙げるとすれば、おそらくたいていの人はケリー・リンクの名を挙げるにちがいない。


ケリー・リンクの小説は奇妙な「夢」である。現実ではありえない設定も当たり前のように受け入れ、印象的なシーンをつなぎあわせたかのようなちぐはぐ感がある。何より「夢」っぽいのは、読んでる時はとても面白いと思って読んでるのに、読み終えるとすぐに頭の中から消えそうになることかもしれない。それはすごく面白い夢を見ても、起きた瞬間から一秒単位でその夢の内容を忘れてしまうのに似ている。正直、わたしは今、ここに収められた短編の内容をほとんど思い出せずにいる。なのにパラパラと読み返して「ああコレも面白かった、コレも良かった」とあらためて驚いてる。面白かったのに忘れてしまっているのだ。不思議だ。他人の見た夢の話くらいつまらないものはないが、ケリー・リンクが見せてくれる「夢」の話はめっぽう面白い。


面白く読んだのは、ネピュラ賞受賞の「ルイーズのゴースト」(二人のルイーズと娘アンナとチェリストと幽霊の話)、「黒犬の背に水」(義鼻の父親と義足の母親と暮らす恋人)、「飛行訓練」(ありふれた恋の結末と地獄への行き方)、「人間消滅」(外国に住む両親と離れて従兄弟の家に住むことになった変わり者の少女と彼女自身を消失させる一家)、「少女探偵」(有名な少女探偵に関する通説と観察レポート)。

※カッコ内はすでに内容を忘れかけてる自分のための簡略メモです。ちなみに他のも面白かったですよ。


しかしこういう女性作家は日本にいないなぁ。ファンタジーと純文学の境界線に立ってるような作家。「夢」で連想すれば中島京子梨木香歩なんか近い気はするけど、ずっとエンタメ寄りだし。ていうか日本の小説ではエンタメ以外売れないから出さないんでしょう。一般受けは望むべくもないがこんな作風の作家が日本にいれば、それ系のアンソロジーとか出してほしい気がする。読者を育てる意味でも。話はずれるかもしれないが、日本のアンソロジーってちょうどいいウレセンの作家の短編を集めたばかりで萎える。普通の人は文芸誌なんて読まないんだから、新人作家をメインにしたアンソロジーはもっとあってもいいと思うんだけどなぁ。