風に舞いあがるビニールシート(森絵都)★★★★★

風に舞いあがるビニールシート

風に舞いあがるビニールシート

受賞作決定のニュースが流れる前には読み終わってたんですがね、結局発表当日に読むことになってしまいました。
これは「何かに夢中になってしまった」人たちの物語。「何かに夢中になる」ってとてもいいイメージを覚えるけど、実際のところそれは「中毒になる」とか「魅入られる」に近いものがあると思う。楽しいだけじゃない。ときにはそれ以上に苦しい。わかっていても、でもやめられない。そういうもんだ。


「器を探して」では才能あるパティシエ・ヒロミのもとでひたすらこき使われる弥生の物語。マスコミに注目されて調子に乗るヒロミにうんざりしても、彼氏とのデートをキャンセルしても、弥生はひたすらヒロミのもとで、ヒロミのために働く。ただヒロミのつくり出すデザートを愛するが故に。
「犬の散歩」はボランティアをする主婦・恵利子の物語。保健所に収容された犬の中からまだ飼ってもらえそうな犬を保護して、飼い主を捜すというボランティアだ。とはいえ、飼い主が見つかるまでは自分で預からなければならず、恵利子は犬にかかる費用のため水商売をはじめる。
「守護神」は大学の二部生で社会人だけを助けてくれる謎の学生<代筆屋>に代筆を頼むも、二度も断られてしまう学生・祐介の物語。正社員ではないが相当な時間働いてる祐介は、物理的にレポートのすべては書けないと必死で頼み込むが……。
「鐘の音」では、仏像に魅せられた本島という男の現在と過去が描かれる。ある修復師に弟子入りしたころの本島は若く、仏像に対して尋常でない思い入れをもち、師匠とぶつかってばかりいた。ところがある事件をきっかけにその世界を去った本島が、25年後にふらりと顔を見せた。
「ジェネレーションX」はある誇大広告を通販誌に載せたことにより、クレームもとへお詫びに行くことになった弱小出版社員の健一と販売元の若手社員・石津。運転する健一の隣で、何やら同窓会の打ち合わせをしている石津。内心イラッとしながらも文句の言えない微妙なドライブだが、休憩をきっかけに物語は意外な展開に持ち込まれる。
表題作「風に舞いあがるビニールシート」の舞台は国連難民高等弁務官事務所。東京事務所に勤務していたエド現地採用になった里佳は恋に落ち、結婚する。ところが東京勤務を終えたエドはすぐにフィールド(紛争地域)へ。たとえどれだけ待つ時間が長くとも二人の生活を楽しみたい里佳と、フィールドで生きることしかできないエドは、愛し合いながらも離婚を決意する。


一番いいなぁと思ったのは「犬の散歩」。ボランティアって他の国のことは知らないけど、日本ではとても軽視されている気がする。閑人のやる事だ、みたいな。しかもやる側のモチベーションも問題になる。実際、心からやりたい、と思えることでないと出来ないし続かないからだ。文化祭ノリじゃ、三日が限度。この物語では、なぜ主人公がこんなにも一所懸命になることができるのか、ということが共感出来た。それがすべてだと思う。ちょっと涙が出そうになりました。
そして「ジェネレーションX」もいい。物語のほとんどは健一と石津の会話、そして石津が同級生に携帯で話してるシーンによって成り立ってるが、構成が上手いと思う。ひたすら抑えられた前半から急転、嬉しいサプライズに満ちた後半。10年に1日くらいバカできる人生の方がいい、これは共感得ないほうがおかしいでしょう。いい話だった。


全体的にも良かったと思う。ベクトルはバラバラながらも「何かに夢中になってしまった」人たちを共通項とした、ほろ苦くも優しい短編集だった。大人向けとしは『永遠の出口』『いつかパラソルの下で』に続く三作目だけど、これが今のところ一番いいと思う。今後にさらに期待です。