アイの物語(山本弘)★★★★☆

アイの物語

アイの物語

この人の作品を読むのは初めて。失礼ながら名前も知らなかったくらい。ゲームデザイナーで「と学会」の会長さんで、さらにこれまでに発表したSF小説も高い評価を受けてる、有名な人のようですね。それをなぜ買う気になったかというと…帯の「豊崎由美氏、絶賛!」のひと言につきます。今一番信頼できる書評家だと思うし、実際彼女の勧める作品にハズレがない(好みの問題もあるかもしれないけど)。帯にこの人の名前が載ってたら、だいたい無条件に買ってしまうくらいには、信頼してます。
そしてまた今回も裏切られることなく。一気読みでした。


物語の舞台は数世紀後、数少なくなった人間は隔絶された独自のコロニーのなかで非文明的な生活を営み、安定した文明社会を築いているアンドロイドに異常な敵意を抱いている。そんな時代に各コロニーを「語り部」として昔の物語を語り歩いている主人公はある日、廃墟と化した新宿で少女の形態をしたアンドロイドと出会う。アンドロイドを恐れる主人公は攻撃を仕掛けるが、あっさり負けて、彼らの施設へ連れて行かれてしまう。ところが彼に接触したアンドロイド・アイビスは、ただ「物語」を聞いてほしいだけだと言う。その物語とは、20世紀末から21世紀初頭にかけてヒトが生み出したSF小説だった。洗脳したいわけじゃない、ただヒトが生み出した「物語」を聞いてほしいのだ、というアイビス。その真意をいぶかりながらも、「物語」を聞くことを了承するのだが……。


この物語は、主人公とアイビスの会話を中心としたインターミッションと、7つの独立したSF短編によって構成されている。「プロローグ」→「インターミッション1」→「第1話」→「インターミッション2」→「第2話」→…という順番で、枚数的には圧倒的に短編のほうが多い。そしてここの収められた7つの短編はそれぞれに素晴らしく、インターミッション抜きで短編集として読んだとしても大満足なくらいの出来映えなのだ。そんなレベルの短編を、さらに深くて大きな物語で包んじゃってるんですよ? 読み応えないわけがない。夢中になって読んでしまいましたよ。
それぞれの短編はとても独立性の高い短編で、実際、「第7話 アイの物語」を除いて全体的なストーリーに直接関わってくるものではない。
「第1話 宇宙をぼくの手のうえに」は一番設定が現代に近い。ある宇宙船を架空の共通設定とし、それぞれのキャラをつくってリレー形式で小説を作る、というのが趣旨のサイトの管理人が主人公。そのサイトの参加者である少年が殺人を犯し逃亡していると刑事から知らされてた主人公は、少年が自殺するのではないかと危惧してメッセージを送る……。出来過ぎな感も否めないけど、いい感じのラストです。
「第2話 ときめきの仮想空間」は、ほとんど外出することのないお嬢様がヴァーチャル空間で声をかけてきた少年と親交を深めていく。ちょっと無防備すぎますけどね、ラストはほほえましいです。
「第3話 ミラーガール」は、鏡の向こうに写るヴァーチャルな少女・シャリスと主人公・サミの友情の物語。シャリスは持ち主との会話によって、語彙や知識を増やしていく。それゆえにシャリスとの会話の時間が伸びていってしまうサミだったが……。これもいいラストではあるんだけど、もし実在したら一番怖いなと思った。ひとりの人間の知識や価値観だけを情報源とするのは怖い。
「第4話 ブラックホール・ダイバー」の主人公は銀河の果てで監視をするAI・イリアンソス。唯一の仕事は、ブラックホールに突入しようとするヒトの世話をすること。それはほとんど自殺志願者であることが多いのだが。ところがある日やってきた「誰のためでもなく自分のために冒険したい」という女性探検者・シリンクスにひどく興味をかき立てられ……。
「第5話 正義が正義である世界」は、ヴァーチャルワールドの住人が主人公。ヴァーチャル社会の中でそれを疑うことなく生きてきた少女はある日、長年付き合ってきた仲の良いメル友に<自分は違う世界の住人だ>と告白されて……。今の人間が望む理想的な世界なんて実は、それが現実になったらすごく嫌な世界なのかも知れないな、とちょっと思った。
「第6話 詩音が来た日」は近未来が舞台。ある老人介護施設に、介護用の訓練を受けたアンドロイドが試験的に導入される。そのアンドロイド<詩音>の教育係に任命された職員が主人公。実技的な部分では申し分ないが、対人コミニュケーションに問題があると見た主人公は、詩音に出来るだけ人間の感覚を覚えさせようと休みの日に連れ出したりするのだが……。この話が一番好き。この小説全体の<本題>に繋がるテーマではあるけど、人間とアンドロイドの相容れない部分がきっちり描かれている。まさに最終章への助走としては最高な物語。
「第7話 アイの物語」はアイリスの物語。そこには人間とAIがぶつかった、隠された歴史が語られる……。


AIたちのあまりにニュートラルな世界観の前に、どれだけ人間という生き物が非論理的で非倫理的であるかが浮き彫りになる。キリストに子供がいたっていう内容の映画に世界のあちこちからクレームが来るくらいだしね。わかっちゃいるんだけどね。でも世の中はまだまだ、自分が論理的にも倫理的にも正しく生きていると思っている人が多い。「自分は正しい」と思ってないだけまだマシだと思ってたけど、実はたいして変わんないよね。「自分は正しい」と思ってても思ってなくても、やる事はあんまり変わんないし。そしてそれはきっと何千年経っても変わらない気がする。だって欲望を満たしながら、論理的に生きる方法なんて見つけられそうにないもの。じゃあこの物語はなんなのか。無理かも知れないけど、無理だとわかっていても、そこに理想とすべき世界が描かれてる。それは憎しみの無い場所。でも実現はできない。100年先も200年先も実現できない。たぶん、どれだけ努力しても。でもムリだとしてもそこしか目指すところはないんだろうな、とも思う。逆に理想論だと揶揄されても、そこしかないじゃん、と思う。


あーあんまりそんなことばっかり書いてたらめんどくさい作品のように思われるかも知れないけど、一気読みしちゃうくらいエンタメ性高い小説です。めちゃめちゃ楽しめる上に、いろいろ考えさせられたりして、楽しいのよ。短編も凄い良くて、あと幾つ短編があるのかな〜って目次見たりして。そしてラスト! 未来の話ではあるけど、妙にリアリティあります。最近の国内SFってあんまり読んでないけど、でもこれはかなり面白いと思いますよ! 期待ゼロで読んだのも良かったかも知れないけどね。とりあえず著者の他の作品、読んでみたいと思います。