町長選挙(奥田英朗/文芸春秋)★★★★★

町長選挙
伊良部シリーズ第三弾です!! 新刊が出るなんて知らなかったから、本屋で見つけた時の嬉しさは格別です。
で、一気読みしちゃいました。やっぱこのシリーズ最高。
とくに今回は、表題作をのぞいた3編が、なんと<有名人>シリーズなのだ。メディアをにぎわせる<あの人>たちが、伊良部の患者になる…!? 面白くないわけがございませんね。


「オーナー」
もうタイトルだけでわかっちゃいそうですが、主人公・田辺満雄は、日本一の発行部数を誇る新聞社の会長で、人気球団「東京グレート・パワーズ」のオーナー。その歯に衣着せぬ物言いがマスコミの格好の餌食となって……。
いわずもがな。そう、あの人です。
プロ野球編成騒動のさなか、満雄はときおりパニックに陥るようになった。健康問題を取りざたされるのを恐れ、精神科医を捜すことになったのだが、ブランド力で伊良部病院を選んでしまったのが運のツキ。電話で往診を頼むと「いだやよ〜ん」と袖にされ……!?


これがねぇ、実は一番じんと来ましたね。生前葬で満雄がさんざんこき下ろしたパフォーマンス好きな泉田首相のスピーチも良かったし、ラストの若手記者とのやり取りも良かった。二人ともこのくらい冗談の通じる男になってくれたら、もっと国民に愛されると思うよ。


「アンポンマン」
飛ぶ鳥を落とす勢いのIT会社<ライブファスト>社長で、次々と派手な買収に手を出し、世間の注目を一身に浴びる男、安保貴明が主人公。
そう、今も小菅におられるあの人ですね。
プロ野球参入には失敗したものの、次は放送局に手を出したことがきっかけで、毎日メディアに出ずっぱり。彼は少し前から<ひらがな>や<簡単な挨拶>を忘れてしまうというハプニングにたびたびぶつかっていた。本人はとりたてて気にしていなかったが、若く有能な秘書の熱意に負けて、伊良部病院の心療内科を訪ねるはめに…。


これが面白いことに、徐々に貴明を変えていったのは相変わらず伊良部のいきあたりばったりな行動だとはいえ、決定打を打ったのはなんとお色気看護婦のマユミちゃんなのだ。この決定打のひと言、いいなぁ。
誰か小菅にこれを差し入れてあげてくれ!……嫌みにとられるかしらん。


「カリスマ稼業」
主人公・白木カオルは東京歌劇団時代からトップスターであったが、同世代の女優たちが年齢に負けていくなか、40歳過ぎてなお驚くべき美貌を維持する彼女は、映画にドラマに引っ張りだこな大スターとなっていた。一児の母親という一面もあってあくまで自然体な彼女に賞賛が高まる一方、カオル本人は「老い」との闘いに半狂乱だった。あまりのことに自分でも不安になったカオルは、付き人の久美の友人が看護婦を務める病院に精神安定剤をもらいにいくのだが…。
そうね、あの人は本当にキレイ。


完全に、ではないけど、カオルからちょっとだけ肩の力が抜けるラストシーンがとても心地いい。
白木カオルさん、スペシャルドラマで主演いかがですか? あ、もちろん川村こと美さんもぜひ…。


町長選挙
伊豆半島の沖合にぽつんと浮かぶ千寿島。この島は政治的に<小倉派>と<八木派>に完全に二分されており、4年ごとの町長選挙はまさに<戦争>だ。都庁に就職した主人公の良平は二年の任期でこの島に研修に来ているが、迫る選挙の争いに巻き込まれ、胃の痛い毎日。そんなおり、二ヶ月の予定で東京から新しい医師が島へやって来た…。
そう、よりによってあの人が来ちゃったんです。


もともとゴタゴタしてるのに、伊良部の登場でさらにゴタゴタ。両陣営は伊良部が養護老人ホーム建設の視察を兼ねて島に来たのだと勘違いし、伊良部の買収に乗り出す。大金が舞う異常な状況にさらに胃が痛む良平だったが、伊良部の提案によってとんでもない解決法が生み出される……。
このラストがまたいいのよ。あり得ないだろうけど、あってもいいんじゃないかと思わされる。多数決が民主主義の原則なら、大半の人が<選挙>以外の方法を指示する展開もアリでしょう。ひとつの制度がどこでも通用するとは限らない。当たり前のことなのに、ついつい忘れがちなことをこの物語は教えてくれる。
『サウスバウンド』にも通じるものを感じる。選択する自由はあるはずなのに、無意識に選択肢の存在をそもそも頭から閉め出してしまう頭の固さを、もみほぐしてくれるのだ。


というわけで、シリーズ3作の中でも一番良かった。とくに表題作は最高だ。マユミちゃんも過去最高に活躍してるし。マユミちゃん、パンクバンドはじめたようです……。