貴婦人Aの蘇生 (朝日文庫)(小川洋子/朝日文庫)

貴婦人Aの蘇生 (朝日文庫)

北極グマの剥製に顔をつっこんで絶命した伯父。死んだ動物たちに刺繍をほどこす伯母。この謎の貴婦人はロマノフ王朝最後の生き残りなのか? 『博士の愛した数式』で新たな境地に到達した芥川賞作家が、失われた世界を硬質な文体で描く、とびきりクールな傑作長編小説。

うわーこの小説すごい好きだ!小川作品のなかではこれまで『博士〜』が一番好きだったけど、これも同じくらい好き。
この物語は年老いた伯母を世話する大学生の<私>が視点となっている。<私>はひたすら亡き夫のコレクションである剥製に「A」とイニシャルを刺繍し続ける伯母を不思議に思いながらも、毎日規則正しくそして優しく彼女の世話をする。<私>の恋人であるニコは心優しき青年で伯母からも気に入られているのだが、彼もまた心を病んでいた。「儀式」をしないと扉を超えられないのだ。「儀式」をしても超えられないときもある。理由はわからない。そんな三人がおだやかな時間を過ごす洋館に、ひとりの男がやってきた。剥製のブローカーであるオハラだ。オハラは伯父の残した多大なコレクションに興味を持ってやってきたのだが、やがて伯母がロマノフ王朝のアナスタシアではないかと気付き、それを世間に公表する。街なかでサインを求められたりTVカメラが洋館にやってきたりして、美しく静かな生活が壊されてしまうのか…
と思いきや、驚きました。伯母と伯母を取り巻く世界は、1mmも揺るがない。この静謐さはどこからくるのか。すべて予定通りとばかりに、物語は美しいラストに向かってすたすたと歩き、立ち止まる。それが終結。過度にドラマチックな展開を嫌っているわけではない。むしろこの小説はひどくドラマチックだ。
この作品は大事なことをどこまでも吟味して、それのみを丁寧に抽出している。伯母、<私>、ニコ、オハラ…この4人と、それ以外の区別が明確であるということもそうだろう。この4人以外の人間は、背景のTVの映像と同じくらい、かけ離れて感じる。その閉鎖性がとても映像的なんだよね。見せたいもの以外はすべてぼやけた印象にしてしまうという。だからこそストレートに読者の心を打つのかもしれない。
ラストは本当に素晴らしい。伯母にとってのラストだけじゃなくて、たとえばニコが<私>に駆け寄るシーンやオハラの最後の記事…ぐっと来ました。泣けるっていうんじゃなくて、ぐっと来る。
いい小説読みました。