スモールトーク(絲山秋子/二玄社)<36>

スモールトーク
売れない画家である主人公・ゆうこは車に対して人一倍の愛情とこだわりを持つ。そんなゆうこに十年ぶりに連絡してきた「むかしの男」本条。当時は売れないスタジオミュージシャンであった本条は、今や超有名なプロデューサーだ。手を変え品を変え…というよりは単純に毎回異なる高価な車をサカナに、ゆうこを引っ張り出すのだが……。恋人でもなく友達でもない、二人の微妙な関係を描いた連作短編集。
クルマ好きじゃなくても十分に楽しめる小説だ。でもクルマ好きならばもっともっと楽しめるだろうな。それぞれの個性的なクルマの細かい描写は、著者自身のクルマへの愛情を感じさせる。
そして二人のドライブは切なさがつきまとう。二人は本気でお互いを求めているわけじゃない。それぞれの心に開いた空間を埋めようとしているかのような小さな旅。けして寄り添わない二人の距離感が、たまらなくよい。
余談だが、わたしは教習所の卒業試験(実車試験)に三回落ちた。追加料金を毎回約一万円ずつ払いながらも、試験官の「いい加減にしてくれ」という無言のプレッシャーをひしひしと感じながら、理不尽な気持ちで何度も試験を受けた記憶がある。それから5年くらい経って、右と左のどちらがブレーキだったか正直思い出せない。でもこの小説を読んでたらむしょうにクルマを運転していろんなところに行きたくなって、「クルマ買おうかな」と恋人に相談したところ即座に「頼むからやめてくれ」と返された……。また教習所通おうかな…。