海の仙人(絲山秋子/新潮社)<28>

海の仙人
とんでもなく素敵な作品を読んでしまった。
この人って本当に書き出しの一文がいい。

ファンタジーがやって来たのは春の終わりだった。

え?と聞き返したくなる名文だ。主人公・河野は仕事を辞め気に入った海の町で悠々と生きる男なのだが、その河野の前にファンタジーが居候しにやって来たのだ。ファンタジーは神様の親戚みたいな存在らしいが、とくに何の役にもたたない、野次馬的な不思議な存在。ときどき名言らしいことを吐いたりするがそれだけで、あとは透明になって女湯をのぞきにいくぐらいだ。そんなファンタジーと一緒に過ごした短い日々、そしてその後の河野の人生が優しくそして切なく描かれる。
河野の人生に深く関わる二人の女性もとても印象深い。河野が真剣に愛したかりんというワーカホリックな女性、昔の同僚で時折訪ねて来るあけすけな友人・片桐。河野とかりんの悲しい恋の結末、そして片桐の長い長い片思いは、どちらも胸が苦しくなる。
読み終わっても印象的なシーンが頭の中にいくつも浮かんでくる。河野がもくもくと砂を車に積み込むところや、新潟への旅の途中でガス欠して河野・ファンタジー・片桐の3人でえんえんと熱いアスファルトを歩くところ、そしてなんといってもラストシーン!海辺でチェロを弾く河野とファンタジーの再会、そして近寄って来る片桐の元気な声…ものすごく美しくて幸せなシーンだ。別に泣く要素はないのだが、むしょうに泣きたくなった。
はー、いい本読んだ。