その日のまえに(重松清/文芸春秋)<16>

その日のまえに
重松清ってさ、すごく上手くていい作品書くってことはよくわかってるの。でも新刊が出たからすぐ買って読もうとは思わないんだよね、なかなか。あざとさの1cm手前で読者を泣かせるテクを持ってるピッチャーが投げてくるストレートは、覚悟を持って挑まなければならない。
本作は<死>がテーマの連作短編集。人情話をホームとする著者が<死>を描いたら、そりゃ間違いはない作品でしょうよ…と思うのであります。だから手出しづらかった。
身近な<死>を描いた7つのストーリー。そのなかでも、死を目前に控えた妻と二人で新婚当時住んでいた土地を訪ねる表題作「その日のまえに」、幼い息子たちとともに迎えた「その日」、そして妻の死から数ヶ月後を描く「その日のあとで」、この三部作は圧巻でしょう。細部のエピソードがぐっとくる。
でもわたしが一番気になったのは、いちばん始めに収録されてる「ひこうき雲」だ。主人公は妻と息子とともに、妻の母親が入院する病院へ見舞いに向かう途中、小学校のころ住んでいた土地を通って、そのころの思い出が広がっていく。それは仲良くもない、むしろ嫌っていた”ガンリュウ”という口やかましい女の子にまつわることだったー。
人一倍元気で、でも嫌われ者だったガンリュウが難しい病気で入院することになった。通り一遍の励ましの言葉が書かれた色紙を持って、主人公を含む数人が担任とともにガンリュウのいる病院へ見舞いにいくことになった…。
<死>をきちんと理解できてない子供たちの、無意識な残酷さがすごく上手く描かれてる。ていうかこういう反応が普通なんだよ。この年で<死>の重みを知っていたら、それこそかわいそうだ。だからそのリアリティが身にしみる。


わたしが小学生だったある日、<朝の会>でクラスメイトの親が亡くなったと先生が告げた。もちろんそのクラスメイトは欠席だった。先生の話を聞いて、クラスの中心的存在だった女の子が声を上げて泣き始め、そして他の女の子たちも泣き始めた。わたしは下を向いて、でも泣けなかった。
わたしは母親を亡くしたクラスメイトの気持ちを想像して泣くことは出来なかったし、まして会ったこともない人の死に衝撃を受けることもなかった。
母親を亡くしたクラスメイトにたいして「かわいそうだな」と思ったけど、それ以上の感情は持てなかった。むしろまわりの反応に、内心驚いていた。わたしの精神年齢が幼かったのかな? それはいまもわからないでいる。


ほらね、こんなふうにいろんなこと考えさせるから、この人の作品はなんか痛いんだよ。上手いけど、その上手さ故に重い。小説を読んでこんなに胸が痛むことはなかなかないよ? まったくもう…。(←いいがかり)