ジェニーの肖像 (創元推理文庫)(ロバート・ネイサン/大友香奈子=訳/創元推理文庫)

ジェニーの肖像 (創元推理文庫)
文庫新刊の平台で見覚えのある作者名を見つけて手に取った。ネイサン…読んだことないけどどうして見覚えがあるんだろう…と考えはじめたところで、帯に恩田陸のコメントがあることに気づき、思い出した。恩田陸の『小説以外』というエッセイで取り上げられてたのだ。エッセイのその一遍がとくに印象深いわけではなかったが、それまで聞いたこともない名前だったので記憶に残ってたんだろう。

1938年、冬のニューヨーク。貧しい青年画家イーベンは、夕暮れの公園で、一人の少女に出会った。数日後に再会したとき、彼女ジェニーはなぜか、数年を経たかのように成長していた。そして、イーベンとジェニーの時を超えた恋が始まる……詩人ネイサンの傑作ファンタジイ。妻を亡くした童話作家とその子供たちの、海の精霊のような女性との交流を描く『それゆえに愛は戻る』を併録。

不思議だ。ストーリーはシンプルでちょっと地味な印象…なのに心に広がる切なさ。ありえない出会いが生み出した哀しい恋の意外な結末に、こじんまりした物語の世界の奥深さに、すっかり引き込まれてしまった。
恩田陸は解説で「売れない芸術家のもとを訪れる美しい女性。しかし、彼女の存在は現実を超越している」という点でこの文庫本に収録された二作は似ていることに言及し、さらにこれらの作品に登場する女性の存在が芸術家にとってのインスピレーションの象徴であると指摘する。

自分ではインスピレーションをコントロールできず、ひたすら女神がやってきてキスしてくれるのを待つ、というのはまさに全ての不安な若き芸術家の境遇ではないだろうか。彼らは、いつか失われる霊感に怯えつつ暮らしている。(中略)しかし、ネイサンの主人公たちには、自己憐憫微塵も感じられない。彼らには、乾いた諦観めいたものがある。大事なものを喪うことを、どこかで最初から受け入れているのだ。それが、ネイサンの作品を珠玉のものにしているのである。

あまりに的確な恩田陸の解説のまえに何も言うことはないな…。でも中編小説だから読みやすいし、間違いなく面白いからいろんな人に読んでほしい作品。わたしはこれまで海外の作品の中でこんなタイプの小説を読む機会なかったな…。こんなタイプっていうのは、ジャンルを明確にできない作品ってこと。わたしが読む翻訳モノはミステリかSFってはっきりわけられるものばかりだったし。国内作品では逆にジャンル分けできないような作品ばかり好んで読むから(そういえば恩田陸もジャンル分けしづらい作家だ…)、ま、国内外問わずこういうタイプの作品が好きだっていう話ですが…。
全然関係ないけど、表題作の会うたびに異常なスピードで成長していく少女という存在は、一条ゆかり有閑倶楽部」のある一遍(怪奇モノ)を思い出しました…。