風味絶佳(山田詠美/文藝春秋)

風味絶佳
もうね、好きとか嫌いとかのレベルじゃなくて、わたしの読書タイムのなかで山田詠美の新刊は図抜けてリスペクトされちゃってる。ゆったりとした一人の時間といつもより高めの赤ワインをお供にしたい。というわけで今日本屋でこの本を見付けてしまってから本日の予定は変更、まだたっぷりある仕事に背を向けて久々に日付が変わらない時間に帰宅してしまった。

日頃から、肉体の技術をなりわいとする人々に敬意を払ってきた。
職人の行きに踏み込もうとする人々から滲む風味を、私だけの言葉で小説世界に埋め込みたいと願った。

このあとがきを読んで、しみじみ共感。わたしの好みは「手に職を持つ男」。自分の体を使って何かを生み出せるってすごい。大工さんとか下駄職人とかすごく格好いいと思うし、工事現場を通り過ぎる時もちょっとチェックしちゃったりするし、恋人は料理人だし。「結婚するならサラリーマンより職人!」というのは心に秘めたスローガンだ。
というわけで、この作品に出てくる男たちは鳶、引越屋、清掃業などの仕事を持つ男たち。もちろん恋愛がメインなので、男たちの仕事ばかり描かれるわけではないが、それが物語のひとつのスパイスとなっている短編集だ。
一番読んでて楽しかったのは、ガスステーションで働く志郎を主人公にした表題作「風味絶佳」。はじめに感じたのは「ぼくは勉強ができない」に似てる、ということだ。ただしカウンター越しに若い主人公を諭すのは、桃子さんではなく「グランマ」だが。彼女は昔から福生でバーを営む祖母なのだが、アメリカかぶれで志郎に小さい時からレディーファーストを徹底させ、若いボーイフレンドをとっかえひっかえ車の助手席に乗せては志郎の勤めるガスステーションに現れる、とんでもない「グランマ」なのである。やっぱ愛すべきキャラクターをつくるのが上手いよな。ストーリーは伏せるが、軽快でおかしく、でも懐かしさも感じた。そして何よりラストの一文を読んではじめてこのタイトルと装丁の素晴らしさに気付いて、ため息。
「夕餉」(ゆうげ)も良かった。ゴミ収集の男に恋をして一緒に住み始めた主人公が、手際よく愛情たっぷりにおいしそうな料理をつくる描写のなかで、それまでのいきさつと新たな決意がはさまれていて、とても素敵な作品。子牛のカツレツ食べたくなったな…。
この本の帯には「恋愛小説」と書いてあるし、たしかに<恋愛>を主軸に置いてるとはいえ、じゃこれが山田詠美の恋愛小説か?というとそうではない気がする。初期のように痛みを伴うような、中間の甘くてとろけて恋愛100%ってかんじでもなくて、いつしからか「恋愛」と同じくらい「家族」がキーワードになりそうな作品になってるし。『ANIMAL LOGIC』前後から恋愛ではない<つながり>についての部分が多かったし、『PAY DAY!!』は完全な家族小説だったしね。いろいろ変わってくるんだなぁと思っただけですが。でも家族を描いた時のほうが異常にキャラがたってくるっていうのも不思議というか、エッセイを読む限り愉快な家族に囲まれて楽しそうでもあるしね。
なにはともあれ、ごちそうさまでした。