ハマースミスのうじ虫 (創元推理文庫)(ウィリアム・モール)★★★★

ハマースミスのうじ虫 (創元推理文庫)

伝説の逸品ここに復活

という帯のあおりが気になって買ってみました。創元推理文庫の新刊(新訳)です。


続いてあとがき(川出正樹氏)から

あの『ハマースミスのうじ虫』が、ついに復活した! 名作と謂われながら、約半世紀もの間入手困難だったサスペンスの逸品が、翻訳も新たに甦ったのだ。
夜に幻の傑作は数あれど、これほど復刊が待たれていた作品もないだろう。

とのこと。なんとエリザベス女王もお気に入りらしいですよ。


あらすじはわりとシンプルだ。
ワイン商である主人公キャソンが、酒場で聞いたある恐喝事件に興味を持ち、その犯人を見つけ出そうとする。意外にも、犯人と思われる男はすぐに目星をつけるが、いかんせん証拠がない。業を煮やしたキャソンは、身分を偽って犯人と直接接触することに。
そこからが面白い。それまでキャソン一人の視点であったところ、そこからキャソンと犯人の二人の視点が交互に描かれる。スローながらも緊張感あるシーゾーゲームが始るのだ。
加えて、キャソンの友人でありこの事件に興味を示す警視ストラット、キャソンの部屋の家政婦であり詮索はなしで頼まれたことを調べてくれるミセス・ベイカーなど、クールな脇役たちの活躍も、この物語を盛り上げてくれる。


今のミステリ界のメインストリームであるジェットコースターミステリとはほど遠い。ストーリーにひねりがあるわけでもない。ひとりの男がひとりの犯罪者を追いつめる、単純なストーリーだ。
なのに面白い。
ひとつは人間の「性」そのものをたっぷりと描いているからだろう。犯罪者そのものへの好奇心、そして汚いやり方で他人を脅す犯人が許せないという義憤、その二つの想いで揺れながら事件にのめり込むキャソン。そして社会的に自分をもっとランクアップさせたいと願う犯罪者。人間の欲望がリアルなのだ。
そしてもうひとつは、キャソンが犯罪者を監視するシーン。わざわざ同じストリートに部屋まで借りてじっくりと観察するあたりが緊張感に満ちていて、とてもワイン商とは思えない働きっぷりだ。かつひとりの人間を観察するという緊張感が溢れている。


あとがきを読んで腑に落ちた。なんとこの作者、イギリスの諜報部員だったのである。しかも後には幹部となるほどの人物であったらしい。なるほどね。キャソンのスパイシーンが妙にリアリティーがあって目立っていたのも頷ける。筆名のファミリーネームである「モール」は業界用語で「潜入スパイ」のことらしい(まんまじゃん!)。

やっぱイギリスのミステリっていいですね。皮肉が利いててさっぱりしてて、好みです。