Book(6-7)

まぶた (新潮文庫)
まぶた (新潮文庫)小川洋子新潮文庫
なんかちょっとホラーっぽい表紙なのだが、中身は別に怖くありません。
小川洋子っぽい短編集、といえば説明としては適切だろうか。寝る前に一編ずつ読みたい、ゆったりとしているのにぞくっとさせられて、おとぎ話のような8つの物語が描かれている。
とくに印象に残ったのは最後に収められている「リンデンバウム通りの双子」。主人公は小説家。ロンドンに留学している娘のところへ向かう途中にウィーンに立ち寄り、オーストリアで自分の本を翻訳している人物に会う。これまで手紙のやりとりしかしていなかった翻訳者・ハインツは、予想を裏切ってかなりの高齢で、数年前に足を悪くして以来ずっと家から出たことがない。そして双子の弟と共にひっそりと質素な生活をしていた。そして小説家は、お互いに思いやって生活をする双子にある小さな提案を持ちかける−。心がしっとりとする、素敵な物語。

対岸の彼女
対岸の彼女角田光代文藝春秋
わたしの中で、どんどん角田光代の評価は高まっている。この本はわたしが読んだ中で角田光代のベスト1に輝く小説だ。
専業主婦の小夜子は昔から変わらず人の和にうまく入っていけない性格で、また幼い娘・あかりがあまりに自分と似た損な性格であることに気付き、まずは自分を変えようと仕事を探し始める。姑に嫌みを言われつついくつか面接に落ちたあと、やっと決まった会社は<プラチナ・プラネット>という会社だった。旅行業務を主とするが、新しい事業として清掃業務を始めようと人材募集をしていた小さな会社だ。なんだお掃除おばさんか、と小馬鹿にする夫を尻目に、小夜子は清掃業務に自分なりのプロ意識を身につけていく。そしてまた偶然にも同い年で同じ大学の出身者である女社長・葵ともうまが合い、仕事への情熱は高まっていった。それと比例するかのように夫との関係がぎくしゃくし姑にも苦労する小夜子は、独身で奔放で行動力のある葵にあこがれ、友達としても仲がよくなっていくのだが−。
葵は高校時代いじめに遭って登校拒否になり、母親の地元へ引っ越した。新しい学校では地味なグループに属し、いじめの標的にならぬよう細心の注意を払う。だが一方でどこのグループにも属さないひょうひょうとしたクラスメイト・魚子と仲良くなり、学校の外では魚子とばかり過ごしていた。高二の夏、二人は夏休みを利用して離れた土地にある海辺のペンションに住み込みのバイトをするため地元を離れる。きつい仕事だったがペンションの家族とも仲良くなって楽しく過ごした夏が終わり、地元へ戻る電車がやって来たとき急に魚子の様子が変わった。「帰りたくない」−。
小夜子の今の物語と、葵の高校時代の物語が交差して描かれるのだが、これがもう、すっごくいいのだ。中学や高校の時、わたしはひどく不自由さを感じてた。一日の大部分を一緒に過ごすクラスメイトと良好な関係を保つことは最優先課題であったし(年齢を重ねるごとにそのストレスは減っていったけど)、家族ともあまり仲良くできなかったし(家族はわたしに対して優しかったけど)、何がやりたいのか明確じゃないのに自分は自由じゃないと思ってた(始業時間には遅刻して放課後はカラオケばかりなのに)。一刻も早く大人になりたいと願ってた。そのころ願ってた<大人>の年齢になって(あんまり自覚はないけれど)、予想通りあのころに比べて自由になったな、と思う。普通に楽しかったはずなのに、100万円もらっても学生時代に戻りたいなんて思わない。自分の稼いだお金で生活する今こそ、自分が求めていたものだったからだ。そのぶんやらなきゃいけないこと(掃除洗濯、公共料金の支払い、とか)も多いけど。でも自活することだけじゃない。結局学生時代のストレスは<人間関係をスムーズにさせる技術を持っていなかったから>ということなんだろう。加えて閉鎖的な世界だし、ストレスがたまらない方がおかしい気がする。だから年をとって、ある程度他人との距離をうまくとれるようになったら、楽になる。だけど人間関係のストレスがまったくなくなるわけじゃない。会社の中、母親同士、隣近所に発生する様々な人間関係に気を配らなければならないのは相変わらずで…。だから小夜子や葵や魚子のように願う−「遠くへ行きたい」と。
なんか個人的な思いをつらつら書いてしまったけど、この作品は心が成長する微妙な部分を切り取った、とてもいい作品である。ついでにこれまでの角田作品に比べても、ドラマ性が高く、構成もうまい。親子であれ友達であれ仕事関係であれ、その微妙な人間関係を丁寧に描くことができる、希有な作家だと思う。